「吽形で〜す。」(鼻息ぶーん)
壁には羅漢さんが並んでいらっし ゃったが、どうやら本殿タイ・ビルマ華僑の寄進で新築されたらしく、本尊の釈 迦牟尼佛はタイ風のお顔をなさっており、裏側の観音娘娘の脇時にはタイ独特の 四面佛がいた。その奥には明らかにビルマ風の玉佛が2体。 が、ここでの最大の収穫は門前町のタバコ屋の老人。あまりにもかっちょええの で目が眩みそうであった。竹の根で作った素敵なパイプにタバコを挿して吸って いて、そのパイプのいい感じの古び具合といい、よれよれの唐服の前をはだけて シャツを見せた着こなしといい、帽子といい、娘だか嫁だかが切り盛りするタバ コ屋の店先で、長椅子の上に方あぐらをかいてくつろいでいる風情といい、老人 本人の容貌といい、もはや完璧である。人生の成功者だ。相棒、頼むからこんな ふうに年とってくれ。 ![]()
竹パイプ。お手製らしい。いい具合にあめ色に光っていた。実は団友にもこれに負けず劣らずいい味の老人がいた。16人家族一家総出でご参 加の家庭の長である。つるっぱけの頭、仙人ひげ、バスツアーなのになぜか背広 (よれよれ)、はだけたカッターシャツの下にはきっちり丸首シャツ、そして杖を ついて残りの15人にかわるがわる支えられており、とどめが全部金歯。 前も。奥も。写真撮りたかったが、香港人は他人に写真を取られるのをものすご く嫌がるのが普通なので断念。 出発の遅れやみやげ物やなど、朝から機嫌の悪かった私はタバコ屋老人のおかげ でですっかりごきげんに。るんるんるん。潮州までのドライブをぐうすか眠り、 目がさめると11時半。なんか橋。何ぞいわれがあるのだろうが、寝てたのでよう わかりません。橋の中ほどに牛の銅像があった。相棒はここで潮州名物みかんを 購入。甘くはないがジューシーでおいしかったぞよ。
11時45分、陶器工場へ。香港人の家庭によくある、キンキラキンの仏像とか神像
とかをつくっていた。
ぱっと見には兵馬庸のようだが、
前に回ると大量の財神(福の神)とか寿星(八笑福の一人・日本の七福神の福禄寿か?寿老人?)だったりしてひざが笑う。
もちろんひとつひとつハンドメイド。小ぶりの天后があったら買おうかとおもったが見当たらず、花瓶で
もと思って物色したが、いいもんはやはり高い。これはと思うのはやはり4ケ
タ。相棒はるーが龍年に生まれてから龍モチーフのものを集めることにしたらし
く、龍のレリーフの壺を見ている。(それまでは蓮のモチーフのものを集めていた)
龍レリーフの壺は色の濃い紫砂(工夫茶器に使う茶色の粘土)をベースに、明るい 茶色の粘土でこしらえた龍と雲を貼り付けてある。はっきり言って私の好みでは ない。が、ハンドメイドでひとつひとつ違うレリーフが気に入ったらしく、380 元を280元に値切って買っていた。(私は200元くらいかなあと思ってみておりま した。) タイで買ったセラドン焼の花瓶を割って以来、商売繁盛の幸福竹を日 本城で買った10ドルのまにあわせ花瓶に挿していたのが、どうしても気になって いたらしい。かわいいやつ。
12時半、市内の公園の中にある素食屋で昼食。あまりうまくない。食が進まず、
思わず食後に焼き芋を買ってしまう。バスに乗るなりこんどは「身障者リハビリ
センター」というとことで降ろされ、お気楽パッケージツアーがこんな所になん
の用?と思いつつ建物に入る。
これは香港の大富豪、長江実業の李嘉誠の寄付で建てられた施設だそうだ。しかし何の用が。
入ってびっくり。身障者リハビリセンターの中は土産物屋でした。なぜ
に。どうして。なにがいったいどうなっておるのだ。写真は中に入るのもイヤで
外から様子を伺っている相棒。うまいこと寄付を得てハコモノを作ったあと、商
売人に承包(下請け)させてテラ銭を取っておるのだな。う〜ん中国奥が深いって
いうか考えが浅い。観光客がどういう感想を持つかぐらい想像せんかったのだろ
うか。とも思ったが、香港人観光客、気にも留めてやがらねえ。日本のODAも世界中でこんな使われ方をしておるのだろうなあ。(詠嘆) でもアタシもう長いこと日本で税金払ってないですから、エラそうなこと言う資格ないか。消費税ちょこっと分ぐらいだな。
リハビリセンター土産物屋を出て、そこから三輪(自転車タクシー)に乗って開元
寺へ。テラスハウスの軒下に商店の並ぶ旧市街を抜ける。ああ、歩いてみたいな
あ。開元寺は泉州のよりは規模が小さかったので、やっぱりあっちが本家なので
はないか。ちがうかな。一瞬「開元鎮・国禅寺」かと思ったが、ちかいます。「開元・鎮国・禅寺」です。
中国南部のお寺は、門、もしくは門をくぐって最初の建物の正面に布袋様(弥勒
菩薩)が鎮座ましましている。その背中あわせには決まって護法剣持(韋駄天かな
あ?)が立っている。剣の持ち方にはいろいろなスタイルがあり、相棒いわく、
それで寺の金銭的余裕がわかるのだそうだ。剣を地面に付けている場合は寺に旅
の僧を泊める金銭的余裕が無く、一泊でお立ち去り願いたいという意味。やや空
きがある場合はしばらくの逗留ならかまわないという意味。
ここのように肩に乗せている場合は僧侶を受け入れる余裕まだまだありありと
いう意味、意味。ほんまかいな。
朝方行った証果寺では、地面と剣の間にやや隙間が開いていた。ここ開元寺では
肩に剣を乗せている。金銭的余裕というより、寺の格と関係あるんじゃないのか
なあ。だって金銭的余裕なんかその時々でちがうでしょうが。知らんけど。
「おみくじは封建的迷信なので寺に要求しないでください」という看板がござい ました。 お寺もよかったが、お寺の中で何するとも無くくつろいで時間をつぶしている老 人たちがよかったなあ。ああいう場所があるところで歳をとりたいものだ。小一 時間ほど見物して、バス乗車。本日の行程はこれで終わり。あとは汕頭へ帰るだ け。ぐうすか寝ているうちにバスはホテル到着、4時。自由時間だほういほい。 屋台は多いが食べ物の屋台が見つからないという昨日の失敗を鑑み、ホテルのス タッフに事前調査をしてから出発。龍北市場の周りがにぎやかだよという情報に 基づいてるんるんるんと歩く。時間が早く、屋台はあまり出ていないが、壁無し 半野外レストランがどっさりあってるんるんるん。何を食べようかなー
広東風とはちょっとちがった味付けのガチョウ。肉とレバーと腰(腎臓)を切ってもらってつまんでみた。美味い。ガチョウの血を固めたものも。ぷりぷり。それからこれも広東ではなかなか見ない、見事な大きさの包子&饅頭(マントウ)売り。茶色のは香ばしい高粱味で、中にはこしあんが入っていた。どこも店先に食材を並べている。
貝4品。
あめ色の豚煮。
広東ではよほどの貧乏人しか食べない白粥だが、潮州は好んで食べる。相棒がおかずに頼んだのは豚の大腸。私は黄花菜という、まだ開いていない長い花のつぼみを食べる野菜を、味の濃いスープで湯通ししてもらった。それから揚豆腐。大腸は7塊で黄花菜は4塊、揚豆腐が3塊でお粥がなんと一碗5毛。合計ちょうど15元。やすっ!大満足で帰途につくも、甘いもの屋があってそこにも入ってしまう。相棒はかぼちゃとウベを甘くたいたもの、私は蓮の実と銀耳のおしるこ。両方とも2塊/碗。満腹満腹。でも高粱こしあん饅頭もまだあるんだよ。旅先の買い食いは楽しいなあ。 2002/10/14
9時出発。9時半にはうなぎ養殖工場の市内出店に停まって見学。うなぎは群生性だそうで、長モノ嫌いの人にはきゃーっな水槽がどっさり。ほら、これ。養殖工場紹介ビデオでは大人の頭ほどの練り餌を養殖池に落とすシーンがあり、下から横からびちびち集まってきた数万本のうなぎの圧力で、練り餌、沈んでいかない。運良く喰らい付けたうなぎはそのまま練り餌に食いもぐっていったりして、総毛立つとはこのことである。あんな映像見せといて、食い物としてのうなぎを売るつもりかい…とげっそりしつつ映像室を出たら、香港人、買う買う。私にはげっそりなあの映像も、香港人には「生猛ら〜」と食欲をそそったのかもしれない。さて中国では「天然」「緑色」「環保(環境保護)」などのタームが現在大はやり中である。しかし 養殖うなぎのキャッチコピーにまでそれが使われているのはいかがなものか。養殖うなぎ。いかなる意味においても天然でも緑色でも環境保護でもないだろう。 まあいい。乗車。あとは深センに帰るだけ。つーか領隊(添乗員)が導遊(ガイド)と相談し、「皆さんお疲れのようですから、予定では行くことになっている最後の観光地を省略します。了解の印にこれにサインを。」と、一番前の客にテキトーにサインをさせた。「予定」もなにも、初日から予定とはぜんぜん違った行程だったのだが。なんか来週のカンボジア旅行にちょっと暗雲が。女皇廟(バンテイアスレイ)まで行くという行程を見て他社より高いツアーを選んだのだが、ちゃんと行ってくれるのだろーか。 昼、例の裏口、じゃなかった后門で高速を降り、行きの后門飯店よりちょっとこましな新しめのドライブインで食事。けっこう豊富。再び乗車して深センへ。梅林で第二ボーダーを越え、福田の農林センターで植木を見てから、明るいうちに羅湖解散。値段の割りに豊富な行程ではあったが、やはりパッケージツアー、しんどいなあ。精神的に。 羅湖の駅裏に昔よく食べた桂林米粉屋がまだあり、酸筍がなつかしくて入って食う。んまかったが昔とやや味が違う。気がつくと老板が潮州語を話していたりして、ああ、オーナーが変わったのね。時は流れる。変わらぬものはなにもない。税関の外国人カウンターが激混みで、怒り狂いつつ過関。かえって風呂入って寝ました。(もはや小学生の夏休みの日記帳と化した旅行記。)
証果寺の境内にて。善男善女のお供え物。しかしミもフタもない寺名やのう。
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