夜が訪れると、僕らは町へ出る。
彼は獲物を探しながら、僕の横を歩く。

彼にとって恐ろしいものは何もない。
彼にとって生きている者たちは皆、彼を生かす糧でしかない。

彼は強く、美しい。

彼は僕を、調教する。

「黙って見ていろよ。簡単なことさ、いいか」

朱色の瞳を細めて、彼は僕たちの眼前で硬直している一人の女を眺めた。
人気のない公園の広場で女は今、死のうとしている。

「頸に手をやる。そして、ほら」

彼は白く細い左腕を差し伸べて女の頸を鷲掴みにすると、一息に骨を砕いた。
涙の線が幾筋も残る女の顔は大切な支柱を失ってぐらぐらと揺れた。

「分かるな?これが一番賢いやり方だ。時間もかからない。悲鳴も上げない。こいつも苦しまずに済む、いいな?」

彼が手を離すと、女の身体がどさりと地面に崩れた。彼は僕を一瞥すると、傍らに屈み込んで女の頸を裂いた。
溢れる血はどす黒く、異臭を放ち、すぐに辺りを紅く彩った。
彼は返り血を浴びていた。

「さあ、おまえに出来るか?」

彼は僕を見上げる。その顔は血に濡れて、綺麗だ。僕は彼を抱き寄せて、血に染まった唇を奪う。
それから僕が女の血液を貪る間中、彼は涼しげな顔をして僕を見下ろしていた。

僕は人を殺したくない。
けれどあなたが僕にそれを望むなら、言うとおりにしよう。
僕は血を欲する。
けれどあなたがそれを禁じるのなら、僕は飢えて死んだっていい。

美しすぎる彼。
僕はいつかあなたを殺してしまうかも知れない。
僕の貪欲な本能の餌食に、いつかあなたは犠牲者となるかも知れない。
だとしてもあたなはそれを敢えて拒まないだろう。

彼の美しさの餌食となったのは、僕の方だから。



「おれを好きか」

彼は儀式を終えて僕に問う。満月が優しく僕らを照らす。

「誰よりも何よも好きだ」



彼は冷笑する。

「愛している?」

「愛してる」

「おれがおまえを裏切っても?」

「裏切っても」

「本当には、おまえを憎んでいても?」

「それでも」

彼は僕から目を放して、天空を見上げた。


「じゃあ、おれたちは・・・いつまでも一緒だな」

彼は儚げな微笑を浮かべた。



彼は新しい遊びを考えついた。
僕がやっと殺人を覚えて、彼が教えた通りに一息で相手の息の根を止めることが可能になってから、暫くたった頃のこと、彼は夕方になって目覚めた地下室の暗いベッドの上で、煙草の煙りを燻らせながら、遅れて目を覚ました僕に言った。

「今夜は少し趣向を変えてみよう。おれたちは元々残虐で無情な性質なんだ・・・人に見られずに自分の欲求を満たす今迄のやり方は、やつらをいい気にさせるだけだったな・・・」

彼は僕の方を見てから、手にしていた煙草を僕の口に挟むと、ベッドから下りてテーブルの側の椅子に腰掛けた。
片足を椅子に上げ、そこへ腕と顔をのせた恰好で、彼は僕を見つめていた。

「太陽・・・そんなもの糞食らえだ」

彼は静かに言って、それから僕を見て唇を歪めて笑った。

「夜はおれたちのもの。何も畏れる必要はない。逃げる必要もない。おれたちはそこでやつらを言うがままにする。やつらはそれを拒めない。おれたちが、やつらより上だからさ」

僕は分からない。けれど少なくとも、彼はこの世の中の誰よりも何よりも上にいる存在だ。
僕は昼夜となく彼の言うがままになる。
僕はそれで幸せだ。

「あなたは何を始めるんだ?」

僕の問いに彼はテーブルの上の懐中時計を見やった。

「あと少ししたら町へ繰り出そう。今夜は特別、愉しい筈さ」

僕は彼の言葉に頷きながら、胸の奥深いところで不安が募るのを、ぼんやりと意識した。



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