渚 水帆の小さな童話 No.3






げこげこさん作



    コン太キツネ             
                         渚 水帆


 5月 1日 天気は快晴―――。

 お空は真っ青で、黄色のお日様がにこにこ笑っていた。


「健太、起きなさいよ」

 幸子ママが初めは優しい口ぶりで、2階でまだ寝ている健太にキッチンから呼びかける。

「うーん」

「眠いのは分かるけど、そろそろ起きなさい」

 ママの口調がだんだん強くなる。

「まだ眠い うにゃうにゃ」

 もう1回寝返りを打ってうとうとしていると、目覚まし時計がけたたましく鳴った。

 青と黄色のプラスチックの健太のお気に入りの時計だ。

 時刻は8時5分前。

 反射的に目覚まし時計を止めて、もうひと眠りを決め込もうとした時に、満を持してママが健太の部屋に入ってきた。

「健太、起きなさい」

 布団が勢いよくはがされて、仕方がないので健太はのろのろと立ち上がって洗面所に向かう。

「今日と明日、学校に行ったらもうゴールデンウィークなんだから頑張って行きなさい」

「はーい」

 と邪魔くさそうに答えてキッチンで食パンをかじっていると、裏庭から コン コン という聞き慣れない物音が聞こえてきた。

 なんだろう? と気になって、食パンを口にくわえたまま裏戸を開けて庭に出た。

 おまけに今日はいつになく、小鳥がちゅんちゅんと騒がしかった。


 コン コン という物音はまだ続いていた。

 物音のする方向に進んでいくと、お父さんが刈るのをさぼっているうちに背がすっかり高くなった芝生からトースト色のこんがり黄色の耳が2つ、にょっきりと飛び出しているのが見えた。

「おまえさんは誰だ?」

「こん」

 はっきりした声が聞こえて、はてと首をかしげると芝生がさささっと揺れて、相手も首を同じ方向にかしげている。

 さっと近づいて上からのぞきこむと、まだ生まれて間もない子キツネが目をくりっとさせてこっちを見上げていた。

「迷子になったの?」

「こん」

 きょとんとこっちを見上げている。キツネといっても外見は黄色の犬みたいだ。

「おうちに帰りたいの?」

「こん」

 こんとはどうやら「はい」の意味らしい。


「こんこん言うから、これからお前のことをコン太と呼ぶな」

「こん」

 と答えるので、これからこの子キツネのことをコン太と呼ぶことにした。

 さっそくキッチンにいるママに見せると、ママは驚いて、

「このへんも田舎ねえ」

 とあきれていた。

 もうちょっと都会に住みたかったわとグチらしきことをつぶやいていた。

「裏山に返してらっしゃい」

 とママは言ったけど、健太はこんなチャンスはないとばかりにコン太を連れて学校に直行した。


 コン太を連れて行くと、案の定、健太は人気者だった。

 学校であこがれのミヨちゃんも、

「すごいね、健太くん。キツネをつかまえたんだ」

 と近づいてくるし、お山の大将で有名なガクくんも珍しそうに寄ってきた。

「すごいな健太」

 ひさしぶりに得意げな健太くん。

「名前はなんていうの?」

「コン太」

 コン太はこくんとうなずいて「こん」と鳴いた。

 コン太ありがとうな。


 その夜は、家族には黙ってコン太を抱いて眠った。

 夢にまっ白な、母親キツネが出てきてその子を返してください。

 畝傍山(うねびやま)に住んでいます。

 と言い残して去っていった。

 黒い鳥が、その子キツネはすぐに母親の元に返さないと死ぬという宣告をして飛び去った。


 次の朝、ぞくっとして目が覚めた。

 背中はじんわりと汗をかいていて冷え切っていた。

 とりあえずコン太と一緒に登校して、担任の山岡先生に、

 「コン太を畝傍山に返してきていいですか」

 と先に許可をもらってから、電車に乗った。

 畝傍山は健太の家から電車で二駅だった。

 青のリュックにコン太を首から上がのぞくようにして背負い、改札でコン太の分の運賃も払った。

 ゴールデンウィークの1日前の電車は空いていて、窓の外の景色がゆっくりと動いている。

 電車が着いて、コン太を背負って畝傍山に登った。

 しばらく歩いていると、うしろからずっとついてくる物音が聞こえた。

 振り返ると、湿った草の匂いに混じってかすかにコン太とよく似た匂いがした。

 白い尻尾がふるんと触れたような気がした。

 ためらわずに青いリュックを降ろして、コン太を草原に放した。

 コン太はしばらく、くんくんと匂いを嗅いだあと迷わずに後方の茂みに向かって走り出した。

 茂みがガサッと揺れて、くんくんお互いの匂いを嗅ぎあう気配と、喜びをかみしめあっている様子が健太にも伝わってきた。


「こどもを返してくださってありがとうございました」

 まっ白な母親キツネが健太に頭を下げた。

 最後にコン太が駆けよってきて、口にくわえている物を健太に渡した。


 健太の手の中でキラリと光ったものは、1枚の金貨だった。

「大事に使ってください」

 そういい残してキツネの親子は姿を消した。


 次の日、目を覚ますと机の上に置かれた金貨はただの葉っぱに姿を変えていた。

 ママにその話をすると、

「キツネの恩返しなんてそんなものでしょ」

 と相手にしてくれなかった。

 馬鹿にされたのかな…なんて思ったけど、最後に寄り添って姿を消したキツネの親子の姿を思い出すと不思議と心が洗われた。

 いいことしたな。そう思って空の向こうの畝傍山を見上げると。

 風に混じってなつかしいコン太のにおいがして、ありがとうという声が微かに聞こえたような気がした。

 元気でな、コン太。

 5月の雲はどこまでも途切れずに続いていた。



                                       終わり










栗鼠ぅさん作




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