日本が何故豊かさを実感できないか


なぜ?

私は、日本を9年前に出てから、或いは日本に帰る度に、常に一つの疑問を持っていた。強い産業を持ち、完全雇用に近い低い失業率を保ちつつ、平均所得は諸外国より飛びぬけて高い。こんなお金持ちだらけの国なのに、なぜ生活に豊さがないのだろうか?住居はちゃちで高い、すべて物価高い、老後を安心してくらせるだけの、しっかり年金制度もない。

満員電車に乗って、毎日遅くまで仕事して得られる代償は、通勤2時間のマイホーム。それもボーナス返済併用で、やっと返済できる住宅ローンで買う。

私は、まともに経済学を勉強したことは一度もない。しかし、銀行員時代に資金ディーラーを始めた時から、相場を追いかける為に、経験的にいろいろと自分なりの理論を組み立ててきた。いってみれば、経済は途切れることなく循環する歯車のメカニズムです。

「風がふけば、桶やが儲かる」というのは、まさに経済活動の真理だと思います。

私なりに、一貫して、世の中のカネとモノの流れを仕事を通して、見続けた結果、最近ようやくこの疑問の答えがでました。

断っておきますが、これは、経済学を知らないシロートの持論なので、教科書の1ページ目に書いてあるかもしれませんし、大間違いなのかもしれませんが、聞いてやってください。

利益はどこに消えたか

高度成長期以来、日本経済はつねに右上がり曲線を描いてきた。石油危機とか、景気の波があっても、なんとかつねに成長を続けてきたことは間違いない。それがバブルでこけましたが。

鉄鋼のような、素材からスタートする産業も基幹をなしてきましたが、日本の産業を強くしてきたのは、やはり自動車、電器などの輸出産業です。一億人の消費市場は国内需要として、大きいのは勿論ですが、飛躍的に伸びることが出来たのは、輸出あってこそです。

資源に乏しい日本の輸出産業は、輸入した素材に付加価値をつけて売る訳ですから、

売れば売るほど利益が日本に溜り、豊かな国づくりができます。企業が利潤を得てはじめて、国庫に税金が入り、それが公共設備投資、社会資本の整備にまわります。

安心して、誰でも、それなりの生活を送れる環境が整って、憂いがなくなる事が豊かさが実感できます。果たして、日本という国が一所懸命稼いできた利益は、本当に社会に還元されたのか?

なんでもヨーロッパと比較するのはフェアではありませんが、個人的にはヨーロッパと日本以外には、どこにも行ったことがない。

戦後似たように、敗戦国として、焼け野原から復興したドイツと比べても、あまりに歴然として社会資本の整備に雲泥の差がある。

それでは、日本の社会資本に還元されなかった、利益の行く先を考えてみます。

橋本首相がヒントを出してくれた

たしか先月、デンバーで開催された、サミットに出席した橋本首相が、どこかの大学で講演会を開いた。その時の質疑応答で、「日本政府が保有している、米国債を売却したい衝動にかられた事がある」と発言したら、国債相場が下がったというような、ニュースがありました。

なんでも、米国債の保有高で日本は(よく調べていないけど)ダントツの世界一だとか。

何故、橋本さんはそんな質問を受けたのかというと、逆に言えば、財政赤字に苦しむ借金漬けの、アメリカ合衆国の国債を、律義にお買い上げ下さって、ありがとうという事でしょう。

戦後、経済復興を果たした日本は、ひたすら米国債を買わされ続けてきたのです。

日本の対米貿易黒字が、大きすぎると米国から文句をつけられ、その代りに米国債を買ってご機嫌をとってきた、日本政府の悲しい姿が見えてきました。

ここに、2つの統計をよそのサイトから失敬。一つは、米ドル/円の為替レート。

1972年から15年間で、300円から100円にドルの価値は3分の1に落ちている。

もう一つは、貿易収支、経常収支。過去11年、経常黒字はかならず、貿易黒字を下回っている。つまり、貿易で設けたカネが、かならず貿易外で資金流出している。

喩え話で

ここで、話を判りやすくするために、喩え話を作ります。

けんかの強い、不良中学生A君は、お金持ちのぼんぼんで気の弱いB君を、いいように金づるにしています。A君はいつもナイフをちらつかせて、B君に「隣りの中学校の奴等から、おまえがカツアゲ食らわないように、守ってやるよ」と言います。

「そのかわりにヨ、このコンサートの前売券300円で買ってくれや」。B君は、A君に逆らえないし、お金はもってますから、しぶしぶまとめ買いします。

B君は、結局まとめ買いした前売券を売りさばけず、コンサート会場の前で、ダフ屋にでも売って、お金を取り返そうとします。ところが、会場にいってみると「当日券120円」とポスターが張ってあるじゃないですか。

しまった、と思っても既に遅し。B君のお小遣いは、まんまとA君の、ゲームセンター代に化けてしまっていました。

この「A君」を「米国」、「B君」を「日本」、「ナイフ」を「安保条約」、「隣りの中学校、カツアゲ」を「ロシアの核、北朝鮮のノドン」、「前売券」を「米国債」、「当日券」を「今のドル為替レート」に置き換えれば、そのからくりが判ります。

1ドル300円のころから、買わされた米国債は、満期が来たら、なんと1ドル120円でとっくに投資元本をわっています。いっぱい食わされましたね。

こうやって、米国は日本から利益を吸い上げる事が可能になったのです。この差額は、全部米国の国家財政を潤し(そえでも赤字だが)、そのお金は、道路建設に、年金に、病院の研究にと、米国民をゆたかにするために、流用されてしまいました。

米国債は、金を巻き上げるための紙屑です。日本はあんなものを、買うべきじゃなかった。米ドルが長期的に、一貫して弱くなってきたのは、国債を出しまくったけど、満期が来て返済するのがしんどい。だから、ドルを弱くしてしまえという国策だったのでは、と私は、穿った見方をしています。

大和銀行ニューヨーク支店事件で、不正取り引きで、空前の損失を出して逮捕された、井口俊英氏(現在服役中)の、あやまちが米国債のディーリングです。国も民間も、まんまと米国債の罠にひっかかったようですね。

1997年7月23日



©1997 copyright Hiroyuki Asakura