Tokyo Sightseeing 1999 |
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■第1日12:30伊丹発ANA24便で出発。飛行機の離陸時というのはいまも変わらずわくわくしますが、今回のように「テクノジャンボ」(B-747-400)とか言って国内線では最大の飛行機ともなると、離陸時の加速度が相対的に小さくて済むようで、それほどGを感じませんね。それでも、前のオバチャンの荷物がつーっと滑ってきて僕が支持しておかなければなりませんでしたが。 |
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日比谷線で六本木へ。まず西麻布方面へ歩き、「麻布EDGE」(鈴木了二)、「スカラ」(北河原温)、「アンジェロ・タルラッチ・ハウス」(八束はじめ)を見学します。この日が偶々曇りであったこともあるだろうけれど、六本木の通りというのは、高架の高速が走っていて、暗いグレイの街ですね。建築物も排気ガスで随分汚れているように見えます。「スカラ」あたり、建物としては面白いのですが、1Fにかろうじてインターネット・カフェが入っているほかは空室が多いように見うけられました。彼の建築は坪単価が高いですからさもありなんという気もします。 六本木に戻り、住所しかメモしていない「TNプローブ」を探します。夜にだけ来れば気にならないのかもしれないけれど、昼間の六本木は本当にグレイの街です。かろうじて明るいお洒落な建物があったのは、SWEET BASIL135とあり、おそらくニューヨークのSWEET BASILの東京店です。山下洋輔のポスターなどがありました。山下洋輔の『LIVE AT SWEET BASIL』は僕も好きなアルバムです。 界隈を行きつ戻りつようやくたどり着いたTNプローブは六本木5丁目、東洋英和女学館の隣にありました。ここでドミニク・ペロー展が開催されています。…ところが、この日は休みでした。自分で書いたメモにちゃんと「日祝休」と書いてあるのを発見して馬鹿さを恥じながら、表から少し見えているフランス国立図書館の模型などを眺めてきました。
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日比谷線で日比谷へ。もう日も暮れています。ここでは「第一生命館」(松本與作)及び「東京国際フォーラム」(ラファエル・ヴィニオリ)を見ようという算段です。松本與作の生涯を扱った『谷間の花が見えなかった時』(伊藤ていじ著)という本を読んだ後であったので、「第一生命館」(現DNタワー)を見るのはそれなりに感慨深いものです。皇居堀の道向かいであり、堀の水が地下工事時に問題になるのではないかと当時揉めた話もよく理解できます。正確にはこの建物は最近清水建設によって改築され、高層棟(旧棟のファサードのデザインをそのまま使っている)が付加され、旧棟もデザインは残しているものの新しくなっています。元々の営業室も単なる広間となっていますが、おそらくここは公開空地として開放しているもののようで、休日の夜であった見学時にも入ることが出来ました。 デザインそのものは少し重々しいのですが、設計者の意気込みの伝わってくる良い建物です。入口脇には竣工時の銘板も残されており、正面まぐさに使われている矢野恒太社長(当時)揮毫の「第一生命保険相互會社」の文字のある巨大な御影石も竣工時のものでしょうか。 「東京国際フォーラム」は、前回来たときに内部に入れなかったのでもう一度見ておきたいということでやってきました。今回はB棟のレセプションホール入口までと、ガラス棟に入ることができました。よく批判もされる建築ですが、各部デザインはシャープで上手く、構造デザインも抜群で、良い建物です。 八重洲側に出て銀座に行くつもりが北向に歩き日本橋まで出るというバカなことをしつつ、引き返し、銀座に来、雑誌で見た居酒屋「秩父錦」の下見をし(今日は休みなので明日開いているかどうか確認したかったがわからなかった)、近くの回転寿司屋で夕食を摂りました。寿司屋のテレビではこないだ行ったばかりの天ヶ瀬温泉をやっていました。 銀座線で新宿3丁目へ。そこが今夜の宿です。ゴールデン街や歌舞伎町が近いので夜歩いてみました。昼間はそんなことはないのだろうけれど、夜は東口から新宿コマ劇場へたどり着くだけでも大変ですね。新宿区役所も歌舞伎町1丁目にあって、ここは大人しいのかと思ったらその前で「ナマチチ揉んでいきませんかー」と声掛けられました。ゴールデン街はどういった経緯で出来たところなのか知りませんが、限りなく間口の狭いバラックの飲み屋が、しかし整然と並んでいるんですね。60年代の残り香を感じる気持ちで歩いてみました。さらに散歩がてら高島屋南くらいまで歩きましたが、足が痛くなり、戻りました。 |
最終更新日00/11/09