みどりのまきば



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「日記」は無理そうだから...
たまにっ記



2000年 2月11日 『変わらぬ性格』

 あっと言う間に2000年に突入し、もう2月。
 いくら「ときど記」というタイトルにしたからと言っても、あまりにも間が開きすぎている。平均月一回もいっていないのではないだろうか。と言っても書くことが...。
 書くことがないと言えば、こんなことを思い出した。高校生の時、夕拝というのがあって(キリスト教主義で寮制の学校)、生徒や先生が順番に担当し、その時に思っていることなどを語る。私はその時、直前まで自分の担当を忘れていた。(相変わらず)
 しょうがないので、ありのままの大切さを語ったあとに、忘れていたことを語り(何て奴だ!)、しかも御丁寧に、最後に、「ありのままに語るということは、アリのお母さんに話すことではないのだ。」などとオチまでつけてしまった。(う〜ん、この時からすでに...おやじギャク)
 夕拝後の連絡事項のとき、ある先生が「○○さんと○○さんと○○さんは、そのお母さん(そのまま)残ってくださいと言われた。」先生にはウケたらしい。
 よし、これで更新してしまおう。(やっぱり、相変わらず)


1999年12月16日 『英語の達人』

 子どもの英語の吸収力には感心する。ゲンキも4月から学校に行っているので、今ではかなり上達した。子どもの発音は聞き取りにくいことが多いので、たまにゲンキの友だちの言っていることを、私たちがゲンキに説明してもらうこともある。
 ユウキもキンダーガーデン(週3回午後のみ)が始まり、英語に触れる機会が増えた。この間も「Mammy, sit down. Sit here.(ママ、座って。ここに座って。)」などと言っていた。子どもは単語ではなく、文章で覚えて、そのまま使ってしまう。
 ゲンキの時もそうだったが、ユウキも日本語が通じないことは分かっているらしい。英語を話す人たちの前では、英語らしきものをしゃべる。この前も、鳥を見て「This is to-ri-.」と言っていた。もちろん、英語っぽい発音でだ。
 また、何か飲んでいたので、「What are you drinking(何を飲んでるの)?」と聞くと、「Yes」と答えたので、「What is it(それは何)?」と言うと「kara-i juice.(からいジュース=炭酸飲料のこと)」と答えた。彼も、彼なりに考えている。こうやって、上達していくんだね。
 ただし、ママをマミーと言い替えるのはあっているのだが、パパをパピーにするのだけはやめて欲しい。それじゃ、私は小犬(puppy)ですがな。

1999年 9月24日 『ゲンキの神学?−神の実在について』

 子ども用の聖書のさし絵にある何かの神の像を見て。
 「これは本当の神様じゃないよねえ。」
 「うん。」
 「ホントの神様は目に見えないもんねえ。」
 「そうだねえ。でも、目に見えないのに、どうしているってわかる。」
 「そりゃ、神様がいたらお祈りしたら答えてくれるでしょ。だったら、お祈りに答えてくれたら、神様がいるってわかるじゃん。」
 「そうか。ゲンちゃんのお祈りにも答えてくれたんだ。」
 「あのねえ、ゲンちゃんがよく鼻をほじるから、鼻をほじらないようにしてくださいってお祈りしたら、あんまりほじらなくなった。」
 「なるほど。」(すばらしい例証でした。)


1999年 8月2日 『無理な注文』

 来月には3才だが、わが家の優喜はまだまだ「terrible two」だ。自分の思っていたとおりにならないと長時間泣きわめく。多少のことは聞いてやるが、きけないこともある。
 突然「お馬さんに乗る。」と言い出すのはなくなってきたが、この間は、鼻をかんだ後のティッシュを食べたいと言って泣きわめいた。
 今朝は、朝暗いうちに目が覚めてしまい、明るくなった頃にはまた眠くなってきたのだが、外が明るいことにハッと気が付き、「お外の電気を消して!」と泣きわめいていた。...ホンナことはできませんがな。
 はあーっ。いつまで続くのやら、誰に似たのやら...。


1999年 7月27日 『うちの子、いつも戦うの』

 ふだん英語を使うことの多い人は、ときどき英語から直訳したような日本語を使うことがある。
 ご主人が日本人ではない奥さんたちは(つまり、家で英語を使っている人)、よく「うちの子、長いのよね。」などと言う。これは身長のことである。英語では(ニュージーランドでは?)赤ちゃんなど小さな子には、"tall (高い) "ではなく"long (長い) "を使うからだ。また、「うちの子、いっつも家で戦うのよ。」と言った人がいるが、これは「けんか」のことを"fight (戦い) "と言うからだ。
 ゲンキはこの間、「これからどこいくか知ってる?」と聞かれ、「知ってるよ。ママの妹を空港に取りに行くんでしょ。」と答えた。自動車で連れて行ったり、拾って行くときに、"take (取る) "や"pick up (つまみ上げる/拾う) "を使うからかもしれない。


1999年 6月26日 『私はマークさん?』

 私の名前は旨宣(むねのぶ)。こちらの人には呼ぶのが難しいらしい。そこで、こちらでは小さい頃からの愛称「ムッちゃん」で通っている。(ちなみに家内の輝子は "Terrie=テリー")「ムッちゃん」も難しいらしいが...。
 ところが、家内の知り合いの日本人の奥さん方の間では、私を「マークさん」と呼ぶ人がいる。なぜか...。
 ある時、何人か奥さんが集まっているところへ私が家内を迎えに行った。私のことを知らない人もいたので、私が家内を迎えに来たことを聞いたある人が、冗談で「輝子さんのご主人って日本人じゃないのよねえ。名前はマークさんだったかしら?」などと言ったのである。それを聞いた人たちも、その後私に会ったので、私が日本人だということは分かったのだが(たぶん)、次に会ったときも、名前を知らなかったので、「マークさん」と呼んできたわけだ。
 あれこれと英語名も考えたことがあるが、「マーク」はあんまり考えていなかった。
 ところで、うちの家内は子どもたちのミドルネームを勝手に、ゲンキは "Joseph" (ジョセフ=ヨセフのこと) 、ユウキは "Samuel" (サミュエル=サムエルのこと) と言っている。(実際に使っているわけではない。)聖書の人物中、好きな人物の名なのだ。しかし、これは夫婦の間で合意に至ってはいない。私は名前の意味からすると、ゲンキは "Peter" (ピーター=ペテロのこと)、ユウキは "David" (デイビッド=ダビデのこと) の方がいいかと思うのだが...。そうなると、ユウキは "デーブ" (Dave=Davidの短縮形) と呼ばれるだろう。何しろ、少しおでぶちゃんなのだから。


1999年 5月19日 『What is your news today?』

 ゲンキの学校では、毎朝クラス全員(十数人)が順番に自分のニュースを語る。
 何人かの父兄(と言ってもほとんどはお母さん)は、そのニュースが終わるまでは残っている(いつまで残っているかは自由。一日見学していてもいい)。
 「マクドナルドに行った」「きのうの夜お父さんがラーメンをつくってくれた」「お風呂ですべっておしりをうった」「お父さんが屋根から落ちて病院に行った」などなど内容も多彩。捕まえた虫や、新しく買ってもらったおもちゃ、自分でつくったブロックの作品などを持って来て見せたり、「今日はテディーベアーのトランクスをはいている」と言ってちらっと見せてくれる女の子までいる。
 時々、人の言ったことに質問をしたりする。その子が体験した出来事や持っている物に対して、うらやましいといった感じはあまり見られない。自分は自分、他人(ひと)は他人(ひと)という考えが浸透しているのか?
 西洋の文化で若いうちから自分の意見をはっきりと言えるのは、こうした小さい時からの環境のせいかもしれない。
 何も言うことがないときは「No News(ノー・ニュース)」と言う。


1999年 5月11日 『えこひいき!?』

 ゲンキがキンダー・ガーテンに行っていたとき、チーフの先生がやめた。ゲンキもなついていた先生だったから残念だったが、どうやらマオリ語で教える先生になるために学校に行き直すらしい。もう40代だと思うが、すごいバイタリティーだ。そのことを地方紙が取材に来て、写真を撮って行ったらしい。次の日、その先生が私のところに来て、「新聞社の人が来て、写真をいくつか撮って行ったが、ゲンキを抱いて写っているのがよかったので、それが載ればいいと思っている。」と言った。
 「え〜っ、そんなこと言ってもいいんだあ。日本でなら、他の父兄から何か言われそうだなあ。」と思った。そういえば、以前に「ゲンキはミッキーマウスとかが好きそうだから」と、何かの付録のような大きな工作のセットをくれたこともある。たぶんゲンキだけに。
 ゲンキは学校に入って最初の四日は良かったが、五日目からは泣き出した。それでも次の週の後半になると少しましになっていった。ある日、自分から「バイバイ」を言ってみんなのところへ戻って来たゲンキに、先生が「今日は泣かないでバイバイできたねえ。シールを張ってあげよう。こっちへ来なさい。」と言っている声が聞こえた。他の子はみんな泣かないでバイバイできるのだから、特別扱い。毎朝、ニュースの時間にきちんと座っていた子もシールをもらうが、その時もゲンキには基準が甘いようだ。このようにして学校に来ることに励ましを与えているのだろう。
 今日、ゲンキが描いた絵を、上手に描けたからということで、他のクラスの先生や校長先生のところにまで見せに行かせたらしい。それぞれ、一言書いて、スタンプを押したり、シールを貼ってほめてくれたそうだ。(日本で校長先生がそんなことしてくれるかなあ。)ゲンキはどう描いたらいいのか分からないからと、あまり自分から絵を描こうとはしないので、すすんで絵を描けるようになるためにそうしてくださったのだろう。
 子どもも一人ひとりそれぞれ違う。より励ましの必要な子が、他の子とまったく同じ様に扱われるほうが、不公平だろう。日本ではすぐに「えこひいき」などと非難されそうなことだが、こちらのやり方に教えられることも多い。


1999年 5月 3日 『パパは有名人!?』

 ゲンキの小学校がはじまって3週目に入った。最初の4日は良かったが、その後また、置いて帰るときには泣くようになった。いきなり3時まででは、やはり長く感じるらしい。
 ふだん、ゲンキの送り迎えは私の仕事だ。泣いているのを無理やり置いてくるのもツライ。
 いつもと違うことがあると、余計にいやなようだ。この間、先生がカゼか何かで2日休んだときも、ごねた。
 今日は(ニュージーランドは連休じゃないから学校あり。)学校に行くとみんなで並んでどこかへ行くらしい。体育館でポリネシアン・ダンスがあるようだ。月曜日のしょっぱながいつもと違うので、ゲンキはくっついて離れない。終わるまでいることを約束して、体育館に入る。
 計6人のグループが、ソロモン・アイランズ(?)、サモア、ハワイ、マオリの民族ダンスを順番に踊っていく。なかなか面白い。最後がマオリ。マオリが使うヤリのようなもの「タヤハ(?)」を使っての踊りのあと、3人ほど出てきて同じようにしてもらおうということ。希望者の小学生が手をあげている。そして2人の男の子と、なぜか私が選ばれてしまった。...オイ、オイ、うそでしょ。
 結局、200人ほどの小学生の前で、棒を持って「トヤー!」「ホヤー!」と、周ったり、ポーズを決めたりする羽目に。ゲンキの同級生のお母さんや、担任も笑っている。
 教室に戻り、毎朝恒例のニュースの時間。クラス全員(と言っても10人ちょっと)が順番に何か話すのであるが、最初の子は「ゲンキのお父さんが良かった。」...。
 その日の帰り、ある男の子にも、「今朝やってたねえ。」と言われた。一躍有名。


1999年 4月20日 『ピカチュウ2才でチュウ』

 ユウキにことばを教えている。
 「なまえは?」
 「ユウちゃん」
 「ユウちゃん、なんさい?」
 「......」
 「2さい?」
 「うん、2しゃい。」
 「ユウちゃん、なんさい?」
 「うん!」
 ......わかっとらんなあ。
 ある日、ピカチュウのキーホルダーをもらった。Vサインをしている。
 「あっ、ピカチュウ2さい!」
 ......わかっとんかいな。



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