≪黒衣の看護婦:プロローグ≫
by 福助二世
自然の摂理によって、万物に分け隔てなく、公平に与えられるもの、、
それは生と死。
だがこの世には摂理に甘んずる事なく、与えられる「死」に対して、真っ向から
挑戦する人達がある事も忘れてはならない。このストーリーは、そんな勇気ある人々の物語・・・・なのだと、言いきる自信は筆者にはない。
そう。摂理への挑戦は、時には神の存在を否定して、自己の魂を売り渡す事でしか
成功を見る事は出来ないかも知れないのだから・・・
小高い丘の上に聳え立つ白亜の巨塔、そこには。ロクに医師の言う事も聞かず看護婦の手を焼かせるガキんちょの様な外科患者もいれば、自分では もはや生死の自覚すらない患者もいる、、まさに命の最前線なのである。
その白亜の巨塔の途中階の窓から何かを見下ろす看護婦の姿が見えた。
「ふぅ、、、、」
『どうしたんです?そんな大きな溜め息なんかついて!』
「す、、すいません、婦長、、あれ、、サンノミヤ、、、さんですよね。」
『、、?、、あぁ、、あの【グリーンクロス】ね、、、うちの病院じゃ ここ最近
見なかったんだけれど、、、』
「手後れだったんですね彼女の場合。、殺人事件の被害者らしかったけど。』
グリーンクロス・・・それは病院関係者しか知る事のない隠語であり、特殊用途にのみ使用する乗用車の事を意味している。
そう呼ばれる 救急車によく似た塗装のワゴン、、なんの事はない白地に鮮やかな
「赤十字」と「ストライプ」の赤い部分だけをブルー又はグリーンに塗装したワゴンの事なのだが、その後部の寝台に、生ある人間が乗る事はありえない、、通称「裏口退院」とも呼ばれる死亡患者の遺体を搬送する為の・・・それがグリーンクロスあるいはブルークロスと呼ばれる車の事なのだ。
余談だが通院あるいは入院している患者への精神的影響を考慮した、このようなグ
リーンクロスの導入は医療機関ではなく、葬儀会社の気配りによるものだった。
病院の裏口から、まるで人目を避けるかのように静かに走り去るそのグリーンクロスを見送る看護婦にとっては、この病院に勤務して初の、自分の担当患者の死亡でもあり、その胸中は単にビジネスと言う事では割り切れないものが渦巻いていた。
「早島さん、、、」
ピーーーピピピピーー
吉岡医局長、、吉岡医局長、、本町 救急隊より救急報!、、交通事故による被害者
が搬送されます。外科担当は 至急、処置室に。被害者の容体においては・・・・
若い看護婦を励まそうとした婦長の言葉はナースセンターに響き渡るアナウンスに掻き消され、その話題に終止符をうった。残酷なようだが、ここは医療の最前線であり、個人の生死に一喜一憂しているいとまは彼女達にはないのだ。
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時刻は流れ、救急隊に搬送されてきた患者の処置と入院手続きがすべて終わった時には、すでにナースステーションのFIXウインドーは夕焼け色から夕闇色に変わっており、日勤者と夜勤者の交代手続きのキビキビした声が廊下にまで聞こえてくる。
『・・・・507号室のナリタさんが転院したので明日の朝食は1人分減らして下さい。今夜の当直勤務の看護婦は、8、いいえ、萩野さんが、、、あんな事になってしまったので、7名、準看さんが8名ですね。511号室の今野さんの容体には注意してあげてください。引き継ぎ事項は以上です。それでは、、、』
『よろしくお願いします!』「おつかれさまでした!」
『ふぅ、、おばぁちゃんになると夜勤明けの後の日勤は シンドイわぁ、、』
「萩野主任の代理、、突然でしたものね、、私、、今だに信じられません。交通事故で亡くなるなんて、、、その前日、いっしょの勤務だったのに・・・」
『それじゃショックよね、貴女と萩野さんは仲良しだったんでしょ、、早島さん、夜勤は今夜が初めてだったわね。彼女の分までたのんだわよ。』
「はい、萩野主任になったつもりで頑張ります。婦長お疲れ様でした。」
口では疲れたと言いながらも、特に疲れた様子も見せずにナースステーションから出て行く婦長の後ろ姿を見送りながら、早島看護婦は、いつかは自分も婦長のような優秀な看護婦になろうと心に決めていた。それは一昨日、交通事故で他界した萩野と言う先輩看護婦、、準看の頃から姉のように慕っていた萩野主任への彼女なりの追悼でもあったのだろう。
わずかばかりの休憩時間を挟んで、準看とともに患者達の夕食やら検温、ナースコールへの対応と点滴の交換など、息つく暇もない看護業務が一段落して、早島看護婦が一息入れる事が出来たのは病棟の消灯時間から一時間以上も過ぎた頃だった
。
ピン!ピン!ピン!
チカ チカ チカチカ
聞き逃しそうな電子チャイム音だが看護婦の緊張を揺り起こすには充分だった。そのナースコールに病室のパネルボードに眼をやった早島看護婦は、そこに患者の点滴交換を告知する赤いランプが[505]のプレートの上で明滅しているのを見た。
「505、、ごーまるご、、、は、、これと、、」
早島看護婦はカルテに従って、薬品ストッカーから取り出した[糖質 電解質輸液]と[頭蓋内脳浮腫改善剤]の二種類の点滴パックを抱えると、保安照明に光量を落とした薄暗い廊下を505号へ急いだ。
キュム、キュムキュムキュム、、、
いくら無音のナースシューズとは言うものの、ゴム底と床のCFとの擦過音を完全に打ち消す事などできない。焦る気持ちのこもった靴音は静まりかえった病院内に染み込んでいった。
「サンノミヤさん、遅くなってごめん・・・な、、えっ?サンノミ・・ヤ・・
・?」
個室病棟に駆け込んだ早島看護婦は、自分で言った名前に愕然とした。ついさっきまでの目の回るような忙しさで うっかりして部屋番号と患者名を別個に考えてはいたが、その505号の個室にいたのは、今日の午後、グリーンクロスの利用者となったあのサンノミヤキヨミではないか!?早島看護婦は慄然として、その場に立ちすくんでいた。
それが錯覚か何かの間違いであってくれたら、、だが ベッドの上には誰かいる・
・・
ヘルパーが閉め忘れたのか、半開きの窓から吹き込む風にライトベージュのカーテンが、まるで早島看護婦が驚くのを喜ぶかのようにバサバサと はためいて、ベッドヘッドに吊り下がった患者名と病症の書かれたプラスチックのプレートが呼応するかのように揺れてベットのパイプに当たってカンカンと音をたてた。・・・・
キ、キュム、キュ、、、
どむっ
「、、、!、、、、?」
得体の知れない恐怖に後づさりした早島看護婦の背中が何かに当たった、だが彼女には驚きの声を上げる事は出来なかった。
「ひぃ!?、ふあうぅおっふううぅぅ!!!」
何時の間にそこにいたのか、背後の闇の中から音もなく伸びた手が早島看護婦の口に押付けられた、、、、それは1人ではなかった。2人、、いやそれ以上だったのかも知れない、、、口を塞ぐ手を振り解こうとした早島看護婦の両腕は別な何者かの手によって動きを封じられてしまっていた。
「、暴れても無駄よ、、、早島さん、、、大人しくなさい、、、、」
するり、、ベッドから降りた陰が早島看護婦に歩みよりながら 低い声でそうつぶやいた。
「ひ、ひいぃぃぃ、」
近づいてくるにつれ闇が薄れてハッキリしてくる顔の輪郭から表情が読み取れるまでに早島看護婦は発狂しそうな程の恐怖に襲われていた、、なぜなら、その低い声の主は、間違いなく昼間、息を引き取った筈のサンノミヤ キヨミだったのだから。
「どうして、、、そんなに、、脅えているの?、、、貴女、、さっき自分で言ったんじゃない?萩野主任になったつもりで頑張るって。、、、だから、、萩野さんの代りをしてもらう、、、、なってもらうだけよ、、、、こうしてね!」
ビリュ、ベリリュ、、、、
「くふっ?、、ふぐっ?!、、くうぅぅ??」
今度、、今度こそ、早島看護婦は錯乱していた。吐く息が顔にかかる程、彼女の前に近寄ったサンノミヤ キヨミは、まるで蜘蛛の足のように、くわっと広げた自分の掌で 血の気を失った青白いく自分の顔を鷲掴みにすると、ぐいっと引き千切った!?
ビリュ、ビィリュリュリュリュ、、
ブュニュ、、、ムヌリュウゥゥゥ、、ベリリュ
一滴の血も流れない、、それなのにサンノミヤ キヨミの顔は、見る間に食い留まろうとする眼孔や口の周りを醜く歪ませながら 彼女の顔から浮上がり、、、剥がれた、、、。
「約束してくれたじゃない早島さん?、、あたし、、、とっても嬉しかったのよ、、お願い、、、あたしを成仏させて、、、早島さん、、これを、、貴女の新しい『顔』にして、、、」
サンノミヤ キヨミの顔だった筈の、ぷにゅぷにゅした肌色の被膜を早島看護婦の顔の前で、ひらひらさせながら言い寄る その顔は、早島看護婦が心酔してやまない先輩看護婦、萩野主任の顔になっていた、、。
「、、、、早島さん、、これが、、貴女の新しい『顔』になるのよ、、、」
額から鼻筋に押し当てられる、体温のぬくもり冷めぬゼリーのような感触に悪寒しながら今度こそ 早島看護婦の意識は遠のいていった。
≪黒衣の看護婦≫プロローグ
まずは ここまで。
京さんのサイト[仮面狂死曲]はこちらのURL
http://www.oocities.org/disguise2001/
からどうぞ。秀作ぞろいですそ。
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