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世にどうしようもないクソゲーがいくらでもあるように
世の中には生きるためとはいえ、
阿呆な(クソゲーなみの)仕事がいくらでも存在します。
このコーナーはそういった仕事を実体験に基づいて一つ一つ検証し、
今後の人生の目安と肥やしにでもしようかね?というものです。
クソの役にでもたてば幸いかもしれません。

ご意見、投稿などよろしくお願いします。
家屋解体業(イナバの白ウサギ)1

解体屋って社会のごみ箱っていわれてんの知ってます?

家屋解体業(イナバの白ウサギ)2
灼熱の現場
家屋解体業(イナバの白ウサギ)3
大自然の驚異
家屋解体業(イナバの白ウサギ)4
道路を走る殺人鬼
誰にでも失敗はある1
(1/22)早朝の強盗
誰にでも失敗はある2
玄関がない!
誰にでも失敗はある3
消えた家
道路交通法を粉砕せよ!1
new!(4/26)カチカチ山
道路交通法を粉砕せよ!2
new!(4/26)環状7号線を封鎖せよ!

家屋解体業(イナバの白兎編1)
解体屋って社会のごみ箱って言われてんしってます?
若いころいろんな状況から3年ほど家屋解体業にいそしんでいた時期があります。
 始めは職人仕事と理解し、張り切って仕事に燃えていたんですが、そのころ付き合いのあった山本というアホタレな映画を撮ってたヤツがいて、ちょうどそのころヤツも何を血迷ったのか自分のプロダクションを作ったばかりだったんですね。(親だか親戚だかの遺産が転がり込んできたばかりだったからね)
 それで勿論山本ってヤツは死ぬほど人望のない男のうえに自らフリーク大好き人間だったもんだから、そこの社員( レイラインっていうんだよね!)っていうのが凄まじい位酷くて(あっちの劇団、こっちの上映集団で使い物にならない人間が束になってて、まぁ、ひいきめにいってもジャンキー&フリークの集会場みたいなものだったからね)、仲間内では人間のごみ箱って呼んでたんです。
 そしたら山本が私の解体屋のはなしを人づてに聞いたらしく、「オレんちが人間のごみ箱ならmantの仕事は社会(職業)のごみ箱じゃねぇ!」などとほざいていたのですが、仕事はじめて1ヵ月がすぎようとしていたころ、やはりどうひいき目にみても、職人とはおよそ程遠い仕事ぶりに私もウスウス感づきはじめていました。
 うーんこれはちょっとやばいかもしれないってね。
 だって壊すってホントに ただブっ壊すだけなんですから考えようによっては誰にでもガサツであれば出来そうですからね。(後、きれい好きなヒトには無理です)まぁ、今から思えば初めに入った会社というか事務所というか、飯場がマズかったですよね。
 一応電話帖なんかでみると1面ブチ抜きで広告がはいってて、サン多摩イチの規模を誇る近代的な解体屋ってことになってんだけど、社長が人殺しで実際に服役してたのが自慢だし、社員たちも皆、マグロ漁船に20年乗ってたとかから陸地だと船酔いするとか(??)、北海道でオバサン専門の人買いやってた(???)とか、なんだか異様に濃いヒトが多かったですね。
 それに装備もドラクエのLv1に負けないくらいひたすら貧しいものがありました。
 トラックなんか雨漏りしないのなかったですもんね。
 何が悲しくて雨がふる度にトラックのなかで傘をささにゃぁならんのか理解に苦しむものがありましたね。
しかも床というか足元の方も腐ってるもんだから時々運転手のおじさんが足を踏み外し、しかも足首あたりを穴に食われて抜けなくなり、代わりにブレーキを踏んであげたこともあるくらいです。(ちょっと、死ぬかとおもっちゃったけどね。)
 ドアだって開かなくなって久しいのもが多く、そおいうのは万線(解体屋と鳶職の魔法の道具。なんでもこれでなんとかします。知らないヒトがみればただの腐った針金です)で強引に縛ってあり、窓から出入りするようになってました。(何か昔のアメ車みたいって・・気のせいか・・)
 タイヤなんかあたりまえでボーズでへたすりゃなかの針金みえてるし、一番古い2トントラック(これとアト1台2トンがあるだけでソレ以外は4トンが5台くらいあったよね。)に至っては走ってるあいだにエンジンが落ちてバリバリ引きずりながら走っちゃってたっていうんだからいすずの底力ってものすごいですよね。(この2トンはその後も暫くは外れたエンジンを万線で縛ったままの状態で使ってたみたい。)

ユンボもコンマ7からコンマ2(コンマ7なんて重戦車みたいなもんです。へたしたら壊す家よりでかい場合があるからね、通常はコンマ2からコンマ4くらいまでの機械を使うようです。)まで揃ってましたが、少なくとも窓ガラスが無事なのは1台もありませんでしたね。(ものによってはブームからオイルふいてんのもあったし・・)だって私がこの解体屋サンにジョウヨウ(職人の世界での派遣社員のようなもの)で通ってたのって2、3ヵ月のことなんだけど、その間に最低でも3回はユンボがひっくり返ってその度にどこかしら壊れてましたから・・・。
 解体屋サンには、良くいえば旧家を移築したり歴史的な建築物の解体などにかかわるイヌキ解体と呼ばれる手作業で家屋を解体するエリートコースと機械(ユンボ、はじめのころはブルドーザーでそのまま突っ込んでたそうです。殴り込みだよねそれじゃぁ)を導入して手っ取り早く仕事を済ませる機械解体、あと、ホースで水だけは撒けるようにして取り敢えず火をつけてなにもかもを燃やして埋めてしまうというトンでもない業者もかつては随分いたようです。(この場合は殆ど放火とかわりません。でも、これと何が違うんだってのは、この解体屋さんのとこで何度かみせてもらいましたけど・・いずれにしても今はもうやる業者はいないと思います。)で、解体屋っていう職種自体そう古いものではありません。
 もともと大工さんや鳶の人達がついでにやっていたような仕事だったのが75年頃からの建築ラッシュで分離して一気に増えたようです。
 だから壊しかたも中からばらすように壊す大工式と取り敢えず屋根から壊していく鳶式にわかれますが、機械解体の場合は畳なども外し中を空にして瓦を落としてしまえば後は機械で壊すだけなのでそんな手順もたいして必要ありません。私が最初世話になった解体屋さんは基本的にはこの機械解体をベースにした最新の設備と技術を売り物にした解体屋さんでした。(電話帳にはそう書いてありました。)

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家屋解体業(イナバの白ウサギ2)
灼熱の現場

入って暫くたち仕事にもそろそろ慣れたころ暑い暑い夏がやってきました。
 その現場はアパートに面した建坪30坪位の2階の一戸建てでした。
 取り敢えず家の境界回りに丸太をたて、何故か防炎用のシートを貼り、周囲からみえないように遮断します。(これを養生といいます。解体作業は時として多量の埃などが飛び散り周囲の住民達の干している洗濯ものなどを汚してしまう危険があるためこういった配慮は最低のマナーとして必要なことです。エェ、勿論建て前ですけど)

で、燃やしました
 初日からガンガンいきました。
 仮設水道を4ツに分け、全開にしてバシバシ撒きましたが、モノともしない火力でした。
 流石に2日目にはビビった隣のおばさんが消防車を呼んでやや騒ぎになりましたが、殆ど日本語が喋れないアラブの出稼ぎ労働者を消防所に送り込んで、アラブ文字で始末書をかかせ、ことなきを得ました。
 火が鎮火したのは3日目のお昼頃でした。
もうその頃には殆どの物は灰塵と化し、しかもあらかたのものは現場に埋められた後なので見ためだけはきれいな更地になっています。
 でも1メートル以上掘るとガレキの山なんですけどね。
 で、養生バラシテ帰るべえというはなしになり、シートを外すため丸太にのぼってシートを順番に落としていったんです。

したら、アパートの2階通路の様子が変なことになっているのに気がつきました。
 2階の手すりのところに下から覗かれないようにする目隠しようにプラスチック製のナミイタが貼ってあった筈なんだけど、それがない、いや、あることはあるんだけどくしゃくしゃになって下のほうで黒くなって縮こまっていたんですね。

で、渡り廊下におかれていた、洗濯機なんかもなんだかダリの絵みたいに歪んでいます。
 暫くそのシュールリアリズムと溝口健二が混ざり合ったような風景にみとれていると、私がシートを落としている音を聞きつけたのか、アパートのドアのひとつが開いて、見るからにうるさそうなおばさんが飛び出してきて、私に食って掛かってきました。

おばさんは怒り狂っていました。
 私の言い分は一切聞かず、とにかく弁償しろ!責任をとれの一点張りです。
言い分も怒りも勿論理解できるのですがあまりにもヒステリックに叫びつづけるソのおばさんにいいかげんウンザリした頃、その騒ぎに下で埋め損ねた柱のきれっぱしを隣のうちの塀の一部に見せかけようとしていた社長が聞きつけやってきました。
 社長は暫くおばさんの言い分を聞いていましたが、相手が変わってもただただ叫びつづけるおばさんがこの4日間に被った精神的な慰謝料もはらってもらうからね!のくだりあたりでさしもの社長もキレタラシク、そのまままた、下におり、ユンボに乗り込むとアームでおばさんをつまもうとしました。
 おばさんは流石につままれはしませんでしたがあまりのことに腰をぬかし、なんだか、あわあわ言っています。(ついでにユンボでアパート揺すってたしね)社長はユンボをおりてアパートの階段を上がり、おばさんを抱き起こすと、なんだか言い聞かせはじめました。

「いいか、これなぁ(溶けた洗濯機だとか、なみいただとか)別に俺達がやったと決まったわけじゃないんだぜ。ここんとこ暑かっただろ、それで溶けちゃったんだよ。いいか、夏のせいなんだよ。おれたちのたき火のせいなんかじゃない。な?今年は本当に暑かったな。おばさんだってそう思うだろう?ヒトに聞かれたらちゃんとそういわなきゃだめなんだぜ。わかるかよ?で、あんたのうちはあれかい?」
 社長はおばさんの指差すドアのとこまで歩いていくと、あきっぱなしのドアを力一杯けっとばし、「おし!帰るぞ!」ってさっさと帰ってしまいました。
 まぁ、しょうがないんで結局私も後片付けをすませて帰ってしまいましたが、あれどうなったんでしょうね?気にはなるけど、もうきっとあのアパートも残ってないだろうし・・・・。

家屋解体業(イナバの白ウサギ3)

大自然の驚異

8月も終ごろになったある日のことでした。
その日、お昼過ぎ辺りから降り始めた雨がどうにも上がってくれそうにありません。(それもそのはずで、昼休にラーメン屋でみたニュースでは台風が接近中だったんです)

仕事は2階だてのモルタル壁アパートの解体作業でした。
一応機械(ユンボ)を入れての解体でソンナに手間取らないはずだったのですが、廃材をはこびだすための通路確保が難しい場所だったので、(建坪が敷地一杯だったので一度に毀してしまうことが出来なかった。)壁面から一部づつ毀すしかなく、作業は比較的長引いていました。
結局、その日は後、北側の壁面を1枚残すだけのところまではできたのですが、雨がかなり強くなってきたので、壁は次の日に倒そうということになって、まぁ、念のため壁の上のところからロープを下ろし、ユンボに縛りつけてさぁ、オッケー!!さっさと帰ろうぜ!ということになりました。
 なにしろ、この会社のトラックは全て雨漏りしますから、本降りになるまえに帰らないと皆肺炎とかにもなりかねません。
身体だけが資本の職人家業、皆そういう類いの自己健康管理には怠り在りませんでした。
でも、私にはどうしても信じられませんでした。
だって、今日の夜台風がくるんですぜ。
 しかも残した壁って2階分あって、もう、この時点でなんとなーくだけどフラフラしてんですから・・。
 それをロープ1本縛っただけでダイジョーブなわけないですって!でも、私以外の誰もその件には一切触れません。

何しろ、決定を下したのはこの会社で唯一大卒(しかも早稲田!!)の棟梁(アダナです)でしたから。

しかも、彼は社長の奥さんのお兄さんでもあるので誰も逆らうものは居なかったのです。
 でも、棟梁はさすがに大卒だけのことはありました。
「いいか?四角形だと確かに横からの力にたいして弱いもんだが、その点三角形だと問題ないんだよ。な?スジカイ(足場を組む場合強度を得るために斜めにいれる丸太のこと)入れるのと同じことなんだから!学校で三角形の定理とかで習っただろう?」
 なんとなく三角形の定理には納得のいかないものを感じましたが、雨も強くなってきたことだし、ユンボも重そうなのでまぁ、いいかということにして、皆で雨がっぱをきたままトラックにのって引き上げました。

幸い台風は夜のうちに通り過ぎ、次の日はすっかり晴れ上がっていました。

ところが、現場についてみると壁がありません。
 ユンボに繋いでおいた、ロープがどうも切れたらしく壁は夜のうちにきっちり倒れてしまっていたのでした。
 そして、婆さんがいきなり棟梁に襲い掛かってきました。婆さんは怒りのあまり満足に喋ることさえできませんでした。

 婆さんの指さすほうをみるとなんだかひしゃげて無くなった屋根の家があってそこにウチの壁がバラバラになって乗っかっていました。
 婆さんの言葉が聞き取れなくっても誰がどうみたって夜のうちに壁がぶったおれて婆さんの家の屋根を潰したとしかいえない状態でした。
 流石にこれには申し開きができないとふんだ棟梁はすぐに大工を呼んで修理させたようです。
 でも、棟梁は大卒のプライドは捨てませんでした。
 後々その話が出るたびに「やっぱり、大自然のちからってのは凄いやな。所詮あれだな、人間の作り上げた物理の法則なんぞ大自然の力のまえじゃぁ赤ん坊のようなもんなんだな。いや、いい勉強になったよ!」などと解ったようなことを抜かしてましたが・・。

家屋解体業(イナバの白うさぎ4)
道路を走る殺人鬼

ここの社長は兎に角厳しい人でした。
先ず、社員達のことを全然信用していませんでした。
スキがあればサボると思っているらしく(ホントなんだけどね。ハヤジマイのときはよく多摩川で昼寝かましてたしね。)現場に行く道筋など少しでも早く現場につくように必ず抜け道を通っていくようにとワザワザ指示が下ります。
でも、イクラ抜け道っつっても別に万能選手ってわけじゃありません。
 抜け道が抜け道たりえるのにはちゃんと理由があるモンです。(例えば解りずらいとか、途中から急に狭くなってるとか・・。)
 大体この会社、基本はあくまでも機械解体なわけですから、最低2トントラック(足場丸太満載)4トントラック(職人とその他の装備)ユンボを積んだ回送車(普通の4トントラックより一回り以上デカイ)の3台編成が基本になっていました。
 従って道が解りづらいのはまだしょうがないとしても道路狭いのはちょっとまずいわけです。
でも、社長いわく、
「軽で通れる道なら乗用車なら走れるだろ?乗用車ってのは2トントラックとオンナジ大きさだから2トントラックは問題ないよなぁ。で4トンてのは2トンより30センチ程横幅があるだけなんだよ。回送車はそれより1メーター位長いだけだしなぁ・・。な?軽がとおれりゃ、まぁ、大体大丈夫ってことなんだよぉ!」
オイオイそんなわけないだろ!って、でも、此れ、全然洒落でもなんでもなかったんですね。
私この時までこの社長のこと侮ってました。
 自慢の人殺しだって社員によくよく事情を聞いてみれば、若いころテキヤのバイトやってるときに他のテキヤグループとケンカになり(つっても石の投げ合いだったんだって)社長の投げた石があたりどころ悪くて死んじゃったヒトがいたっていう言ってみれば不幸な事故だったわけだし、愛車のクラウンロイヤルサルーンはなんだか紫色のジュータンが敷き詰めてあるし、そのころまだ、メッチャ高価だった自動車電話もかけてくんのはチョーフ辺りの安クラブのオネーサン達だけだし、私的にはどう贔屓目にみたってチンピラ上がりのエロオヤジにすぎなかったんです。
 でもこの日の社長は一味違っていました。
 その日、現場に代理店の人間が来るとかで、社長自ら乗り込むことになっていたのです。
 社長のロイヤルサルーンを先頭に2トン、4トン、回送車の順で事務所を出発しました。
 ところが社長がなんだか飛ばす飛ばす、もうあとの連中は引き離されないように必死で付いていくのがやっとでした。
 で、抜け道が待っていたわけです。
 商店街の看板を蹴倒し、回送車のケツでガードレールをひん曲げ、どう考えたって乗用車の車幅で目一杯の狭い道を片側歩道に乗り上げた状態で150メーター程爆走して、通行人を壁に張り付かせ、一通逆進はクラクションを鳴らしまくって対向車を蹴散らしました。
 たかが、2キロ程度の道のりで一体どれだけの交通法規を犯したのかは解りませんが、社長はもう、全然関係ないよってなもんで
「な?この道だとハヤク着くだろ?10分はちがうんだぜ!」ってたかが10分の為にこんなヤバイ橋渡りたくないです
 だってこんなのフツウなら絶対事故るって・・!ウンがいいだけっすよ!ウンがいいだけ・・!。
 でも社長、別にウンのいい人じゃなかったみたいで、マタ、別の日のハナシなんですが・・
 その日は打ち合わせがあるとかで、11時に社長が現場に来ることになってたんです。
 ところが昼を過ぎたころになってもまだ、社長が現れない、どうしたんだろうねぇ?なんていってると近くでなんだかサイレンの音がする、するとそれを聞いた棟梁が
 「おっし!社長もうすぐ来るからな!ミンナ忙しそうにしとけよ!!」
 そこから10分もしないうちに社長のロイヤルサルーンが現場に突っ込んで来ました。
 社長降りてきて開口一番
 「ついてねえよぉ!今、そこでババア撥ねちまったよ!!
 「じゃぁ、今のサイレン社長の・・?」
 「そうだよ!頼みもしないのにお節介なオバはんが救急車呼びやがってな!!」
 「って、おばあさん車道でも歩いてたんですか?」
 「横断歩道歩いてやがったんだよぉ!!
 まだあります。
 朝、段取りの都合で事務所で待っているとなんか、いかにもヤンキー風の十八くらいの男の子と(手をケガしているらしく三角帯でつっている)みるからにソレのお母さんらしき2人連れが社長に会いたいとやってきたのです。
 あぁ、こりゃぁ新入社員ダナとおもって社長を呼びにいったら、なんだか社長あんまりノリがよくない。
 で、私を締め出してなんだかその親子連れと話し込んでいるではありませんか。
 後から聞いてみたらきっちり社長の犠牲者でした。

 なんでもバイクに乗って信号待ちしていたらいきなり後ろから突っ込まれ、バイクもろとも前方のしかもその時点では青状態の車道にむけて5メーター程吹っ飛ばされたそうです。
 手の複雑骨折だけで済んだのは本当に幸運といえるでしょう。
 勿論通常ですと絶対に免許ないはずなんですけど、この社長、市会議員にコネがあるとかで事故は全部もみ消して貰い後はカネで解決してるんだそうです。
 私が世話になっていた二〜三ヶ月で後3回は人身事故かましてましたからある意味タダモノではないといえるかもしれません。
皆さんもチョーフのそばを通るときには、充分に注意してください。
 なにしろ殺人鬼放し飼いなんですから・・・。

誰にでも失敗はある1

(早朝の強盗)

以前一緒に働いていた手ばらし(機械-ユンボ-等を使わずにバールとカッターのみで家を解体する職人)の親方から聞いた話しです。
其の頃彼はジョウヨウの職人さんと2人で組んで仕事をしていたそうなんですが、大体何日かまえに元請けから電話で住所だけ聞いて当日、バールと着替えだけもって現場に向かうというのが通例になっていてその日も当日の朝8時位に現場で待ち合わせたそうです。
ところが、同じ住所に家が2軒建っていました。

 一軒はどうみても最近建ったばかりのきれいな二階建てのオウチで庭の花壇なんかもきれいに手入れされている、もう1軒の方はとみれば築30年は経っていようかっていうアバラ屋で庭なんかあれ放題で、屋根も一部壊れていたそうです。
(先についていたジョウヨウの職人さんは当然此の家と決めていて、庭でたき火等して暖をとりつつ、縁のしたなどを物色していたそうです。)
 迷うことなくあばら家のほうを選び玄関の引き戸をバールで壊して中に入ってみると案の上中はゴミだらけでなんだかクサイ。
(ゴミとは家具やら電化製品などの残留物のこと、勿論中には使えるものも結構あって、職人さんたちの世録になるんですがやっぱり大半のものはゴミとして処理するしかなく、結構手間も経費もくうものなのです。)
 なんでもかんでも置き去りにしていったらしい此の家の元の住人に罵詈雑言はきながら、それでも適当にゴミの中から使えそうなものを物色しつつ奥まで入っていくと、最後の部屋らしいところの襖がどこでひっかかっているものかどうしてもあかない。
 しょうがないんで2人で力任せにひっぱってみると開いたいきおいで爺さんが襖の陰からコロリコロリと転がってきました。
 「なんだよ!じじいまでおいてきやがった!」
 いやいやそうじゃないって!我に帰った彼は自分の初歩的なミスに気付き、大工を呼び玄関を直させたそうです。
 爺さんのほうはてっきりこれは朝から強盗がはいったんだと思いどうしようもなくて奥の部屋に隠れていたそうなんですがもうこんな朝早くから正面切って押し入ってくるような強盗だからこれは絶対に殺されてしまうと思い必死になって襖を守っていたそうです。
 まぁ、爺さんはなにを勘違いしたのか命が助かったことを神に感謝するのに忙しかったらしく玄関の修理と菓子折りだけでことがすんだそうですが。

まぁ、本当ならこんなことで済むような話しじゃないですけどね。

 

誰にでも失敗はある2

(玄関がない!)

前のと似たハナシなんですけど、ある手ばらし職人さんが朝、現場に行くとまだ、仲間がついていなかったんですね。
 でも、まぁ、待ってるのもなんだし取り敢えず壊すか!ということで玄関からバラシはじめたんですよ。
 勿論、住所も名前も確認してあります。
 彼は普段どおり自信をもって壊していきました。
 2時間ほどが経過したころになって彼は少し不安になってきました。
 いくらなんでも仲間が到着するのが遅すぎるというのと、きれいに柱だけにした玄関から台所にはいったときに食卓に残っていた味噌汁がまだ暖かく、ジャーのなかのごはんもさぁ!食ってくれよぉ!といわんばかりの炊きたてご飯だったからです。
 なんとなぁくいやな感じに襲われた彼はそそくさと自分の道具をまとめると跡形もなくなった玄関を後にして、もう一度まわりの住所等状況を確認をしてみました。
 するとその家の裏に同じ住所表示で同じ名前の家があり、しかもその前には仲間のトラックが止まっているではありませんか!
 彼はほっと安堵のいきをつくと仲間と合流して本来壊すはずだった家を張り切って壊し始めました。
 そう、なにしろ2時間も無駄な仕事をしちゃったわけですから遅れを取り戻さないと仲間に対して申し訳がないですからねぇ。
 暫くしてくだんの家の家人達が帰ってきました。
 当然ですがパニックになり、近所中巻き込んでちょっとした騒動に発展していきました。
で、どう考えても絶対にあやしいのはやっぱりすぐ裏で解体工事をしているひとたちですから、当然事情を聞きにやってきました。
その対応は壊した本人が堂々とこなしたそうです。

Q,なんだか、家が壊されてるんですけど・・・。

A,あぁ、、なんかねエ、朝知らない解体屋がきて壊してたよ。

Q,え?で、その解体屋はどこいっちゃたんですか?

A,さぁ?どこいったんかねぇ?なんか途中でかえっちゃたみたいだねぇ。

Q,いや、これから警察呼ぼうかと思ってんですけど・・・。

A,あぁ、うん、呼んだほうがいいんじゃない。あれじゃぁ不用心だもんねぇ。玄関ないもんねぇ。

Q,いや、そういうことじゃなくって・・。

A,俺もまぁ聞いてみてやるよ。大工の知り合いいるからよ。

果たしてこんな応答で納得できたのかどうかはしりませんが、別にこれ以上どうにもならず話しは即座に暗礁に乗り上げ被害者も警察を呼ぶのをあきらめ大工を呼んで直して貰ったそうです。
 でも直しに来た大工が壊し方をあまりに褒めるものだから思わずそうだろ、そうだろっていいながら勝ち名乗りをあげようとするこのオヤジをみんなではがいじめにしてたそうですが、、。

誰にでも失敗はある3

(消えた家) 

此の手のハナシの横綱で一番強力な奴になると新聞沙汰になって世間をにぎわせたモノもあります。

埼玉県と東京の切れ目辺りにある割と大手の解体屋の仕事です。
此の解体屋さん業界でもやっつけ仕事で有名なとこでした。

まぁいつもどおり元請けの指示で解体屋(機械解体)が現場に集合。
 今回は元請けの会社からも現場監督(といっても入社間もない平社員)が来ています。
 なにしろ近隣は高級住宅街ですし解体の後カンパツいれずに新しい家を建てることになっていましたから元請けの気の使いようもただ事ではありませんでした。
 (高級住宅街に住んでるやつらってなにげに、嫌な人間が多いんですよ。まぁ、たかが、家なんぞに人生かけてるような連中にまともさを期待するほうが無理なのかもしれんけど)
 彼の指示で壊す家のまわりに厳重に養生を施し中にはいってみると、中には家財道具(それも輸入物の高級調度品)がそっくり残されたままでしたが、ここ暫く人のいた形跡はありませんでした。
 中の家財道具は仲間うちだけで分けるにしても量が多すぎたので一部を見学がてらやってきた近所のおばさんにあげてみるとやがて噂を聞きつけたご近所のハイエナ共が殺到し、夕方解体屋がひきあげた後にも勝手に養生をこじあけ中に入り込んだらしく次の日の朝までには洋服からピアノまでめぼしいものは殆ど洗いざらい持ち去られてしまっていました。
 あまりにもあさましい高級住宅街の住人たちの実態に呆れながらも取り敢えず期間内で解体工事を終了させ、更地になったところで、解体屋は引き上げ、基礎工事の段取りになって工事が突然ストップしてしまいました。
 基礎工事を担当した業者がどう計測しても敷地内に図面通りの基礎が打てないことが判明したからです。
 はて?これは面妖な?等と建築会社側が首をひねっているところへその家の住人が里帰りを終えて帰ってきてしまいました。
彼というか彼の一家はフランス人で日本のとある音楽大学でピアノを教えている教授と日本人で声楽家の奥様、父親の大学にかよう娘の3人家族でした。
 今回は今年の春、無事現役入学を果たした娘にお祝いをかねての父親の里帰り(というか公演旅行)だったのです。
 当然ですが帰ってきた親子はパニックになりました。
 まぁ、泥棒にはいられたとか、そういうレベルじゃないですからあたりまえのことですが。
取り敢えず家がないんだから
 家のあった筈の場所はペンペン草の生い茂るただの原っぱになってて、近所の小汚いガキどもが鼻みず垂らしてかくれんぼしてるんですから。
 自慢の高級乗用車は車庫ごと姿を消しているし、手の行き届いたお庭も、ヨーロッパからとりよせたアーチのついた門柱も趣味のあまりよくなかったアメリカ製のポストも見事にきれいさっぱり消えて無くなってしまってんですから。

その足で速攻で警察にねじ込み、フランス人のお父さんは此の国の治安の悪さを思いっきりぶちまけたそうです。
 ま、すぐに犯人はわれ、(計測中の職人が任意同行を求められ、そこで全てが白日のもとにさらされることになった。)ことは賠償問題へと移行しました。
 原因は住所の確認ミス。
此の辺りは新興住宅地のため住所番地がいきなりとんだりしてたわけです。
 壊すべき家はそこから150メートル程はなれたところにきっちり残ってました。
 さて、家は建て直すことで共に納得したのですが、問題は家のなかにあった家財道具でした。
 確かにかなりのものは捨てられてしまっていましたが、それでも、高級家具の類のものやお父さんの高級1眼レフカメラ群、娘さんのイタリア製自転車や、ドイツ製のピアノ、お母さんの宝石や毛皮のコートなんかのめぼしいものは、現場の職人さんと近所のハイエナ共の手によって持ち去られていたからです。
 職人さん達の手に渡ったものは古道具屋なんかに持ち込まれてしまったのも含めても大半のものはほぼ無傷で帰ってきたのですが、難物は近所のハイエナ共でした。

あろうことかどれだけ証拠をつきつけられても、これは人から貰ったものだからとか、前からもっていたなどと、神をも恐れぬおお嘘をつきまくり、絶対に返そうとはしなかったそうです。
 なかには色を塗り変えてみたり、ワザと大きな傷をつけて所有権を主張するとんでもない輩も少なからずいて、交渉にあたった、責任者である建築会社を窮地に追い込みました。
 結局このハイエナ共は裏でしめしあわせていて、責任は全ておおもとの建築会社にあるわけだから、黙ってとぼけてさえいれば返さなくっても構わないと猿知恵を働かせてたわけです。
 このなんの埒もあかない交渉に疲れ果てた建築会社はことを警察へ持ち込みました。
 要は強盗事件に切り替えたわけです。
 確にある程度のものは現場の職人さんたちがご近所にばらまいたものですが、大半は職人さんが帰った夕方以後、養生をこじあけて乱入してきたご近所のハイエナ共が持ち去っていったものだったからです。
 これは誰がどう考えたって強盗事件になります。
 こと、ここにいたって、警察は聞き込みをはじめ、沢山のハイエナたちが警察へと連行されていきました。
 勿論任意同行というかたちでのことでしたが、警察の出動にびびりまくり自分かわいさに隣人をポンポンうりとばすハイエナ共のあまりの仁義のなさで事件は逮捕者をだすこともなくあっという間に一軒落着してしまいました。

ですが、やっとのことでかえってきたもののみるも無残に姿を変えてしまった、かつての家財道具達にかのフランス一家は深い悲嘆と酷い人間不審に陥り、結局全てを金でカタをつけどこか遠くへ引っ越していったそうです。

 

で、此の後ちくりにちくりあったハイエナ共さぞかし揉めたんだろうなぁと思ってたら、あにはからんや、くだんの建築会社とフランス人一家を悪者にしたて、自分達はちゃっかり被害者になりすまして変わりなくご近所付き合いしているそうです。うーん、なんだかねぇ。

いやになっちゃうけど、こういうはなしって形をかえて良く聞くような気もする話しだけどねぇ。

いや、まぁ、それにしても・・・・。

 

道路交通法を粉砕せよ!!1

これは例の白うさぎな会社の大卒の棟梁の自慢話で機嫌がいいと必ず出たハナシです。
その日棟梁は大月の現場を予定よりかなりハヤク済ませることが出来、後の始末を残りの職人達に任せ、燃え残ったガラを積んで現場を後にしたのでした。
既に心は調布の外れにあるフィリピンバーへと飛び立っていました。
なにしろそのフィリピンバーは白うさぎな会社の溜まり場とかしていたため、英語が喋れるのが棟梁ひとりだったのも相まって(といっても挨拶程度だけどね)珍しく女の子達の人気者だったんですね。
棟梁は大月のインターから中央高速にのり、アクセルベタ踏みでトラックを飛ばしていました。
ところが八王子の料金所で血相をかえて飛び出してきた料金所のオヤジ達がトラックの前に立ち塞がりなにやら叫んでいます。
邪魔クサイなー!轢いてっちゃおっかなー?
とも思ったんだそうですがあまりにもただ事じゃない様子だったので
棟梁が積み荷にかけておいたブルーシートでも破けたものかとバックミラー越しにチェックをいれてみると、なんともうもうと黒煙をふき、あまつさえバリバリもでているではありませんか!
パニックに陥った棟梁はさっさとトラックから脱出しましたが、冷静な係員がトラックを脇へ移動し、燃え盛るガラをダンプしておろし、消火してくれました。
幸い見た目よりも火はたいしたこともなく30分程度で消火活動そのものは無事終了しましたがその後の片づけにかんしては勿論、誰も手伝ってくれるわけもなく、棟梁一人でもう一度燃え殻を積みなおし、ススだらけになったアスファルトを掃除し終ったころには次の日の朝になっていたそうです。
本来なら仲間のトラックが気がついてもよさそうなもんなんですが、棟梁が三時のお茶代をケチって先に帰ってしまったために、残った連中は高速代がたんなくて高速をつかえなかったんですね。

まぁ、天罰といえばそうなんですが自慢話になってんだから本人的には楽しかったのかもしれませんが・・。


道路交通法を粉砕せよ!!2

この会社は職人のレベルの低さでそれはスゴイものがありました。
機械解体以外なにひとつ満足にこなせるわけではなく、現場でのトラブルは日常茶飯事でした。養生など四隅に丸太をたて、そこにロープ渡してシートをかけるだけだし、積み込みも適当で本来は仕分けするべきものもひとまとめに積んでしまいます。
当時はまだ、処理施設などの受け入れ態勢もいい加減だったので通用していたのでしょうが、今なら話にもならないレベルでしょう。
その日も何でもかんでも積んで出しているうちにアオリに使うはずの戸板を全部出してしまっていたことに途中で気がついたんですね。
でも、モウ手遅れです。泣こうが笑おうが捨て場(埼玉あたりの廃品処理施設)に行ってしまった戸板は帰ってきたりはしません。
で、この時の現場を仕切っていた班長はナイスなアイディアを思いつきました。タタミって戸板とオンナジサイズじゃ〜ん!
勿論、良い子の解体屋の皆さんは絶対こんなマネしちゃいけません。
タタミはちゃんと纏めて農家のヒトに貰ってもらいましょうね。
班長はタタミを戸板代わりに、しかも縦に使うという荒技にで、おまけに残っていた大型冷蔵庫、洗濯機、テレビ、タイヤ、勉強机、食器なんかを山積みかましたんですね。御丁寧に洗濯機や冷蔵庫のすきまには瓦だとか、家の廃材をみっちりとつめ、2トントラック満載とあいなりました。流石に班長も不安になったのか上から一応シートなどかけ、ロープで南京締めに締め上げてみるとなんだかそれなりにまとまったように見えます。
とはいえ、こんな恐ろしい積み方のトラックにのって埼玉くんだりまで行くような酔狂な職人がいるわけもなくこのトラックは言い出しっぺの班長が運転して捨て場に運ぶことになり、それを条件に親方は1時間ハヤク現場を出ることが認められました。
班長は捨て場までのルートを計算に入れ環状7号線経由でいったん事務所によることにしました。事務所に誰か早上がりで帰ってきてるヤツがいればそいつにこのトラックを押し付けてさっさと自分はバックレてしまおうと考えたんですね。
幸い環状7号線は意外なほど空いていたため、班長はバンバン車を飛ばしておりました。
と、突然異音がし、車が斜めに大きくひしゃぎました。
はじめはパンクかなにかだと思ったそうです。でも、やがてなにか大きなものが明らかに荷台から道路へと転げ落ちていく断続音がしたので、彼は慌てて車を道路脇へとめて周囲というか、後方を確認しました。
道路はこの一瞬ですっかりダイハードもしくはターミネーターになっていました。
散乱したタタミやテレビや冷蔵庫や勉強机が道路いっぱいに広がり既に誰がどう見ても環状7号線は通行不能状態に陥っていました。
班長はこりゃ一人じゃどうしようもないと判断、半分位はなんとかしなくちゃとでも考えたのか、応援を呼ぶつもりだったのか、そのまま事務所に帰ってしまいました。
ところが事務所には誰もまだ、帰っていませんでした。
おまけに冷蔵庫のなかでウンと冷えたビールが班長のコトを待っていました。このビールのせいで耳あか程度残っていた班長の良心はどこか遠くへと旅にでてしまったので、カレはポテチなどを齧りながらソファに寝そべりTVなんぞを見始めてしまいました。
事務所でビール等を飲みつつ仲間を待つことおよそ4時間、やっと帰ってきた職人達は妙に疲れ切っています。どうしたの?と聞くとなにやら相当大きな事故があったらしく、環7が通行不能になっていたものらしい。
おかげで全然動きもしない道路上で2時間以上も過ごしたため皆疲れ切って帰ってきたんですね。
で、ちょうどテレビのニュースでその現場の報道がはじまったんです。
テレビのキャスターは本気で怒っていました。なにしろこの暫く自動車なんかの不法投棄の特集とかやってたとこへ、大胆不敵に白昼堂々と道路にゴミの山を築いていったヤツが現れたんだから・・。
しかも、ちょうど渋滞時間にさしかかろうとしていた環状7号線は大パニックに陥り、一時は警察はおろか消防のレスキューまで出動する大騒ぎへと発展し、自体の解決にはたっぷり3時間を要したのです。警察では必死でこの犯人を捜していると憮然とした調子でアナウンサーはつげ、更に自分たちも独自に調査するので情報があれば電話かファックスで・・。
あ!あれ!おれ!おれがやったの!!いやっぁ〜〜スゴかったよぉ〜〜!!モウ、道路いっぱいタタミとか飛んじゃってさぁ〜〜!!冷蔵庫なんかゴロンゴロン転がってくんだから!!もう、慌てて帰っちゃったよぉ〜〜!!」ビール片手に上機嫌でコトの真相を喋りまくったこの班長はちなみにその後、社長の厳重注意のあと、半年程、地方の飯場に飛ばされ、帰ってきてからも常に社長監視状態で飲み屋への出入りも止められたのが気に入らなかったか、結局この会社を辞めて今は故郷でサカナをとっているそうです。
会社のほうは取り合えず目撃者がでなかったのと事故とかにまではいたらなかったのが幸いしてか比較的簡単に警察もマスコミも諦めてくれたので今でも営業しているはずです。
まぁ、しかし、なんだかなぁ・・。

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