チリもつもれば
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小ネタ集


ここは、独立したコーナーを持てなかった、
小ネタ達で満載の所です。
どっから拾ってきたのやら、というネタがあるので
意外にも人気のあるコーナーです。






99年の小ネタ
★ チリ入国の外国人
★ 早すぎ、J.C.Penny チリから撤退
★ サンチアゴ、Kennedy通りは様変わり
★ 西暦2000年 記念行事
★ 氷山漂流中
★ ついにお気楽サンチアゴ生活の決定打
★ 地震国チリ=火山国チリ
★ ラテンの貴公子「老舗」、"ルイス・ミゲル"
★ チリでNHK。
★ プリクラ、ようやく(爆笑)サンチアゴに登場
★ 停電騒ぎ、雑感
★ チリの地震について
★ 超小ネタ 〜 チリの日本アニメ
★ 超小ネタ2題
★ マルセロ・リオスの怪我の具合
★ チリでコンタクトレンズ

98年の小ネタ
★ いやな事
★ いやな事2 & その考察
★ サンチアゴ、えらいこっちゃ
★ 「ロビンソン・クルーソー」モデルの島で宝探し
★ 次の大型望遠鏡計画は日米欧共同で
★ ビジネス適地ランキング
★ タクシーメーターの裏機能(?)
★ ランチレ、ペルー国内線に参入
★ 米州サミット、サンチャゴにて開催
★ ピノチェト、軍から退役、でも…
★ チリ長野五輪情報 保存版

96年・97年の小ネタ
★ カウチするなら…
★ おすすめチリ土産
★ Luis Miguel コンサートレポート
★ Jamiroquai コンサートレポート
★ アタカマ砂漠地方への旅
★ 「サロンパス」
★ チリ日本大使館のノート
★ チリへ寄港したあの船が…
★ 有名なチリ人
★ 硬水
★ 近頃のサンチャゴ(冬なんです)
★ サンチャゴの正しい観葉植物の買い方
★ チリの国際電話を安くする
★ チリ人見栄講座
★ サンチャゴ国際空港の免税店をのぞいてみよう
★ おまけネタ 〜 「プリント倶楽部」アルゼンチンに上陸
★ ああ夏休み
★ 超小ネタお薬屋さん
★ おいおい当たっちゃったよ
★ 新聞「える・めるくりお」購読開始
★ チリの郵便事情その4
★ チリの郵便事情その3
★ チリの郵便事情その2
★ チリの郵便事情その1
★ チリのクリスマス










★ チリ入国の外国人(99年10月24日)

 1998年に労働ビザを取得して入国した外国人は8,000人強。その内訳は  隣国ペルーからが圧倒的。上記の数字には労働ビザを取得したその家族、移住ビザや学生ビザ取得者の数は含まれていない。チリ内務省によると現在チリには22,781人の労働ビザ取得者が住んでいる。管理人の推測では、その家族及び移住ビザ・学生ビザ取得者を合計するとおおよそ100,000人くらいの外国人がチリに住んでいることになる。

 労働ビザ取得者はほとんどがラテンアメリカ人。日本人は今回の統計に出ないくらい少ない数なのだろう(大使館に在留届を提出している邦人は家族を含めて約700人。本当にあてずっぽうだけど、たぶん労働ビザ取得して入国する日本人は毎年30〜40人くらいなんじゃないだろうか)。







★ 早すぎ、J.C.Penny チリから撤退(99年10月17日)

 1995年にアメリカ資本としてチリに上陸したJ.C.Penny(以下JCP)が業績不振のため撤退。店舗・在庫はどうやら競争相手のデパートAlmacenes Parisに引き継がれたようだ。わずか4年の短命だった。

 チリには老舗のAlmacenes Paris、Farabella、Ripleyの3大デパートがしのぎを削っていて、そこに後発のJCPがなぐり込みをかけた状態だった。アメリカ本土とは違い、衣料とホームウェアに特化した品揃えでちょっと変わった雰囲気を醸し出していた。晩年はSonyと組んで、電化製品はSony製だけ販売、と路線変更で起死回生を狙っていたようだが、それもかなわなかったようだ。

 JCPは2店舗しか展開できなかったのも、スケールメリットを享受できずに撤退を余儀なくされた原因のひとつだろう。サンチアゴ最大のショッピングモール、Parque Araucoには上述の3大デパートと一緒に出店。ここでは売場スペースの関係からホームウェアのみの販売をしていた。Almacenes...が買ったことになり、分店(もしくはある特定のコーナー)を同じショッピングモール内に出す形態になるのだろう。

 もうひとつのJCPは別の高級ショッピングセンター、Alto Las Condes内にあった。ここでのデパートの出店はFarabellaとJCPの2店だけだったので、Almacenes...にしてみればおいしい買収だったに違いない。

 JCP、品揃えが他のデパートとちょっと違っていて(アメリカ製の輸入ものが多かった気がする)好きだったのに、残念。それにいつ行ってもすいていたところも良かった(だからそれじゃダメじゃないですか>自分)。

 今後新しい会社のチリ上陸はますます難しくなり、3大デパートの寡占が続くのだろうか。







★ サンチアゴ、Kennedy通りは様変わり(99年10月17日)

 Kennedy通りには従来からParque Araucoという巨大ショッピングセンター(3大デパートに専門店街)があるのだが、このそばに次々を巨大建物がオープンしている。少し昔のサンチアゴをご存じの方ならちょっとびっくりするだろう。

← 東   西 →
Parque
Arauco
まっくHyatt

だったのが、今や

MariottCarrefour
Farabella
HomeDepot
Parque
Arauco
まっくHyatt
映画館

となっている(縮尺はめちゃくちゃです)。

 Hotel Mariottは2000年1月開業を目指し、1km向こうにあるHayatt Hotelの最大のライバル。サンチアゴ一ノッポホテルの40階建ての下半分はオフィスビル、上半分を客室に充てるそうだ。

 Home DepotはアメリカのDIYチェーンストア。チリ資本のEasyやHome Centerと真っ向から対決する新参者で、98年にチリ上陸。このParque Arauco店がチリ3店舗目となる。10月8日に、まだ表の駐車場と2階・3階の他テナントが完全・全面工事中にもかかわらず強引に「オープン」させてしまった猛者(向こう見ずとも言う)。実はこの巨大な箱、地下1階がHome Depot。地上1階にはなんと隣のショッピングセンターにすでにテナント入りしている(しかも一番東側)デパートFarabellaが入るという。それって実質超大型増床!? ならばきっとHome Depotの箱とショッピングモールの箱は渡り廊下で連結するのだろう(現在は道を隔てて向こうととこっち)。

 さらに地上2階はフランス系ハイパーマーケット"Carrefour"(アメリカのWal☆Martや、日本のダイエー・イトーヨーカドータイプの店)が入るという(なんでスーパーマーケットが地下じゃないの?)、よくよく考えたら既存のショッピングセンターと合わせてすごい巨大ショッピングゾーンの誕生じゃないっすか!エラいことになりそうだ。

 このどえらいショッピングセンター、ひとつ難点をあげるとすると、

「おい、なんか食わせろ」

 あるのはファストフードモールと大したことないカフェテリアが2,3店。是非ここは日本のようにレストラン街も併設して欲しいのだが・・・。







★ 西暦2000年 記念行事の一大イベントの全貌がぁ!(99年10月10日)

 少し前に、「ったくいまだに2000年関連のイベント案内がない」とぼやいたら、その矢先に新聞にでかでかと載った(^^;)。
 「バルパライソで"超"花火大会」>超訳 by 管理人
 毎年恒例の大晦日花火大会は2000年を迎える今年はいつもにも増して大がかりになるようだ。この時にサンチアゴ近辺にいる人は必見。無理をしても見に行くべきだろう(だたし「超」といっても隅田川の花火大会よりしょぼい可能性大アリ。管理人免責をここに表明)。  と、とにかくすごいらしい。

 12月31日20:00には、ヨーロッパ大陸の0:00に合わせ、「祝ヨーロッパ」と題したイベントが。これはバルパライソ市北東のMuelle Portales地区が担当。在チリヨーロッパ各国大使館や在チリヨーロッパ人が招待されてセレモニーが行われる。

 22:00には「祝アメリカ大陸」。バルパライソ市隣接のMuelle Baron地区で行われる。アメリカ各国籍の在住者・関係省庁が集まりセレモニー。目玉はブラジル・サンバパレード(爆笑・ありがち)。

 そして0:00、メインイベントは「祝チリ」。バルパライソ市南西のMulle Prat地区にて行われる。花火はこの時どっかんどっかんあがるようだ。大会放映権を獲得したのはCanal13。午前2時まで一世一代の生中継(祝チリは朝まで続くらしいが、詳しいイベント内容は未入手)。

 現地レストランは、もう動いている。回転展望レストランのCoco Locoはすでに600席の予約で一杯。その他展望を売りにしているレストランは相当予約が入っているようだ。新聞によると「ミレニアムディナーコース」はロブスター・カニを含むシーフードがメインでひとり25,000〜45,000円(ペソじゃないですよ)と予想通りのぼったくりぶり。

 テレビで見るか、トイレを気にしつつ3日くらい前からバルパライソ入りして場所取りを決め込むか。戦いはもう始まっている(管理人は日本でテレビで見ます)。







★ 氷山漂流中の続き(99年10月3日)

 だいぶ端から割れはじめてきているようです。
 National Ice Centerからの報告

 そして毎日新聞の10月3日の記事より。
 チリ軍は2日、過去最大級の氷山が南極大陸を離れ、大西洋に向けて漂流中だと発表した。映画にもなったタイタニック号遭難の際の氷塊の数千倍とみられる巨大さ。北上による気温上昇に伴って分離・散乱するのは確実で、日本の漁船を含む各国船舶に警戒を呼びかけている。





★ 氷山漂流中(99年9月14日)

 横幅が77kmにも及ぶ巨大な氷山がチリ南部海域に到達している。
B-10と名付けられたこの氷山は1992年年に南極アムンゼン海海域(西経112度・南緯73度)で発見されたもので、当時は横幅118.5km、縦幅61.1kmの大きさであった。

 やがて東進を開始、そのスピードは一日に7〜9マイルと推定される。1995年にはこの氷山はB-10 AとB-10 Bに分離、大きい方の塊が現在はチリ南部の沖、西経57度・南緯58度のあたりを漂っている。現在の大きさは横幅77km、厚さは200mほどと観測されている。

 通常これらの氷塊は漂流地の海温とともに分離・消滅する。過去にはこの塊の一つがリオデジャネイロに到着したという記録もある。この巨大氷山のチリへの到達はありそうにないが、チリへの影響並びに今後の進路などについては今回の記事には説明がなかった。

 (以上 El Mercurio紙99年8月19日より)

 現在南極付近には大小あわせて30個近くの氷山が浮いているが、南極大陸から大きく離れて移動、地大陸の近くを漂っているのはこのB-10Aだけということで氷山ウォッチャーの間では注目の的である。

 B-10Aの移動軌跡、NIC(National Ice Center)よりリンク。
 南極氷河の融解について。







★ ついにお気楽サンチアゴ生活の決定打が出現!(99年9月14日)

 日本人駐在員にとって、サンチアゴ生活は物質面に関してだけ言えばどんどん便利になってきている。ついに待望の「日本のテレビ番組のビデオレンタル」が開始された。海外の大都市、南米ならメキシコDFやサンパウロには当たり前のようにあるこの手の店がサンチアゴにはなかった。それがついに上陸。

 タイトルはまだまだ少ないものの、需要が大きくなれば自然に取り扱い数も増えるだろう。本日確認したところではオーソドックスに大河ドラマ、水戸黄門、NHK朝ドラ、その他民放のドラマやバラエティ番組が少し置いてあった(管理人の借りたいとおもうビデオはなかった)。今後に期待大。

 Importadora HAN KUK
 Antonia Lo'pez de Bello 566 Local 47
 Tel 735-4228, 777-2694

 この店、日本人駐在員の間では既に有名だが、ここ1年は特に日本人向け食材の調達に精を出している。今日の調査では以下のようなモノも店頭に並べられていた。






★ 地震国チリ=火山国チリ(99年9月14日)

 日本同様、地震国であるということは火山国でもある。現在チリにはイースター島及びチリが自国領土を主張している南極大陸部分(南極国際条約によりこの主張は現在凍結中)を含めると、休火山は56にもおよぶらしい。チリの地底は「南米プレート」と「ナスカプレート」の境界線が走っている。意外だが、こんな環境なので温泉も点在している。







★ ラテンの貴公子「老舗」、"ルイス・ミゲル" ツアースタート。(99年9月6日)

老舗   今や(99年9月現在)ラテンの貴公子といえばリッキー・マルティンであるが、昔から絶大な人気を今だにスペインおよび中南米で維持しているのが「老舗」ラテンの貴公子、ルイス・ミゲルだ(日本ではまだ人気がないのがつくづく残念である)。彼はチリ人ではない、メキシコ育ちだが、チリでの人気ぶりは当「チリつも」子ネタ集にあるコンサートレポートの通りである。その彼が2年ぶりにチリにやってくる。以下がコンサートの日程(予定)。サンチアゴの券はすでに発売開始となっている。
  地方巡業を重視した今回のツアー、日程の都合からサンチアゴでのコンサートがわずか一日となってしまいチケットの入手が厳しいかも知れない(9月6日執筆時にはもう売り切れているかも)。







★ チリでNHK。(99年9月6日)

 先日在チリ日系企業あてに、「あなたも衛星放送でNHK! 日本大使館も導入!」とのそそる広告が舞い込んできた。メキシコでもブラジルでも気軽に見られるようになったNHKが、遅ればせながらついにチリでも見られるようになったのか! すぐに電話をして担当者に料金など、説明をしてもらうことにした。以下はその衛星放送のサービスの概要。

 いいじゃないか、いいじゃないか! じゃあベランダにアンテナ置いてチューナーにつなげれば、時差があるから、毎日晩飯食いながらNHK7時のニュース&朝ドラ「すずらん」状態(99年9月時) !?

 で、さらに説明を聞く。
 ぎ、玉砕! た、高すぎる!、いやその前に、そんなバカでかいアンテナをベランダに置けるかいっ(怒)!

 それじゃ買えないと、あきらめるとする。くっそ〜、テレビっ子の管理人としては、これでますますお気楽サンチアゴライフ(音符マーク)と思っていたのだが(在サンチアゴ日本大使館は早速設置したそうです)。

 参考までに、AMSATの担当者に聞いてみると、やはりこの衛星受信アンテナ設置は主に企業向けとのこと。他国でもやっているように、ケーブルテレビや衛星放送配信会社がNHKの番組もやってくれればいいのに、との話には、AMSAT 「ええ、すでに在チリのケーブルテレビ会社にこのアンテナを買ってもらうよう商談しに行ったのですが、全く相手にしてもらえませんでした」となんとも寂しい限りだ。 ちなみにVTRというケーブルテレビは一時、UAE(アラブ首長国連邦)のDubaiチャンネルと言うのをやっていて、これがかなり異国情緒溢れる面白いチャンネルだったのだが、残念ながらもうすでに番組配信を止めている。需要の少ない番組のためにチャンネルを割り当てるのは難しいようだ。

 最後に、この担当者には、NHKが見られるのは大変興味のあるところだけれど、料金が全く需要に合わない。設備一式貸し出しにして(アンテナも小さくて高性能なものにすべき)、月1,500円くらいの費用になれば、契約数も相当にのぼるのではないか、と彼らの経営をおびやかすようなコメントをさせてもらい、今回はお引き取りいただいた。

 サンチアゴでNHK。衛星放送受信がもっとリーズナブルな値段で実現するのが早いか、それともインターネットでストリーミング放送が見られるのが早いか。きっといい勝負だろう。







★ プリクラ、ようやく(爆笑)サンチアゴに登場 99年6月13日

 話題にするのもはばかられるくらい、「え、今頃?」なのだが、おそらくチリで最初であろう、「プリント倶楽部」がサンチアゴ北東のショッピングモール、Parque Araucoに3台設置された。見たところ背景はオーソドックスなものしか用意されていないようで、チリ特別バージョンなどではないようだ。

 私としては、「モアイとツーショット」バージョン(管理人注:日本にはあるそうですね・・・)や、「アタカマ砂漠背景」バージョン、「南極上陸&ペンギンの群背景」バージョン、さらには「ご一緒にクエカいかがですか?」バージョンなどを是非開発して欲しいところだがいかがなものだろうか<SEGA様。

 さて、機械が3台設置されたのはいいが、通路のはじのちょっとしたスペースにぽつり、と置かれ(というかほとんど放置されたかのような状態)、どこにも説明らしきものが無く、客は全く群がっていない。なにやらゲーセンのテレビゲームっぽい箱に怪しげな「のれん」がだらりと垂れ下がっている・・・これでは客は入らないぞ。

 チリ人はこの奇怪な機械を(ぷぷっ、つまらんシャレ)遠巻きにただただ呆然と眺めるばかりであった(爆笑)。その時プリクラで遊んでいたのは小学生とおぼしきアジア人の子供仲良し4人組のみであった。

 そこで一言。

 「アジア人って、やっぱり写真好き」



★ プリクラ@サンチアゴ 続報 99年7月11日

 以前にお知らせした、ショッピングモールParque Araucoとは別に、Bella Vistaという地区にある、韓国人が経営しているスーパー "Asi Market" (Antonia Lopez de Bello 3263)にはハングル語版プリクラが設置された。1回1,500ペソ。



★ 停電騒ぎ、雑感 99年6月13日

 99年4月にはじまった停電騒ぎ、5月上旬からしばらく停電なしですんでいたのだが、ここに来てまた連日の停電、サンチアゴ市民はうんざりしている。

 雨不足 → ダム貯水量不足 → 水力発電発電量不足 → 代替発電方式(火力・原子力)設備なし → 電力不足 → 時間停電

の論理はわからないでもないが、あまりにも市民の生活に不便を強いている。雨が降るのが手っ取り早い解決法だが、早くこんな生活が終わるのを望むばかりだ。

 さて、停電が毎日有る生活、のというのはどのようなものだろうか。ほんの一例をここに紹介。


その後6月末より雨が降り始め、アンデス山脈ではまとまった雪が降ったため、この緊急事態は回避されている。99年夏季はななんとかしのげそうだ(99年8月22日追記)



★ チリの地震について 99年2月7日

 同じラテンアメリカであるコロンビアで大地震が起きて間もなく、地震・防災について詳しいごんぎつねさんから大変貴重な情報を頂いたのでここに掲載させていただく。ごんぎつねさん、貴重な情報本当にありがとう!

 *****
 南米のコロンビアで地震があり、同じ南米なものだから、チリでも被害が起きていると誤解している人もいるようである。しかし、コロンビアとチリは、一番近いところでも2,000kmくらい離れているので、コロンビアの地震でチリが被害を受けることはない。しかし、「チリでも地震が起きるの?」というような声もしばしば聞かれるので、チリの地震、とくに日本に被害をもたらした「チリ地震津波」について簡単に説明する。

 チリで起きた地震のうち、日本で最も有名なのは、1960年(昭和35年)5月23日午前4時11分(日本時間)に起きたチリ地震である。この地震のマグニチュードは9.5と推定されており、地震観測が始まって以来、世界中で最も大きい地震である。地震による断層の長さは800kmくらいあり、阪神・淡路大震災の100倍以上のエネルギーの地震である。この地震による津波は、チリ沿岸では15〜20mに達したと言われており、チリ全体で数千人の死者を出した。また、太平洋を渡ってハワイで61名の死者を出し、その後日本沿岸まで達した。

 津波が最初に日本にたどりついたのは、地震発生から丸1日が経過した5月24日の午前4時頃であった。津波は、沖では数10cmの高さであったため、大したことはなさそうだった。しかし、三陸地方は、リアス式海岸であるために、湾の形と津波の波長が合った場合には、湾内で増幅されて非常に高くなるのである。このため、三陸地域は、三陸沖地震などで何度も大きな津波が襲っている。

 チリ地震でも、三陸地方で被害が大きく、津波は最大で8mの高さになり、岩手県で62人、宮城県で54人、その他の地域(未復帰の沖縄を含む。)では36人、合計で142人の死者・行方不明者を出した。特に死者・行方不明者が多かったのは、岩手県大船渡市の53人、宮城県志津川町の38人である。このため、大船渡市では、今でも防災訓練は毎年5月24日に行うことになっている。また、志津川町にはチリプラザと呼ばれる地域を公園内に整備し、モアイ像などを飾り、同じ地震で被災したチリとの友好のシンボルにしている。

 ちなみに、当時の津波警報の体制は、近海の地震を中心としたものであり、気象庁が津波警報を発令したのは、すでに津波の被害が出た後の午前5時くらいであった。しかし、これを教訓にして、遠地地震の津波に対する体制を整え、防潮堤などの整備も進んだこともあり、その後は大きな被害が出ていない。

 なお、チリの地震による津波が日本に達したものは、被害があった場合だけでも、1586年、1687年、1730年、1751年、1837年、1868年、1877年、1922年、1960年の9回がある。その他に、験潮により観測されただけの小さなものを入れると、かなりの数になる。チリは、地震が多い国なのである。



★ 超小ネタ 〜 チリの日本アニメ 99年2月7日

 ご多分にもれず、チリでも日本のアニメは人気がある。現在の一番人気は「ドラゴンボールZ」、それに追随しているのが「らんま1/2」だ。セーラームーン人気は一息ついた格好か。「らんま」はここ2,3ヶ月なんか急に人気急上昇の気配。この先もウオッチしていきたい話題だ。

 チリのテレビでの日本のアニメの放映は、色々ある。前述の3作品以外には、「SG美神さん」「スラムダンク」「少年探偵コナン」など結構新しめのものが上陸していてなかなか興味深い。 その合間をぬって「タイムボカン」やら「ガッチャマン」やら「いなかっぺ大将」などの古い作品も放映されている。しかし「いなかっぺ大将」...。あのふんどしの意が伝わるのであろうか。大ちゃんがスペイン語話しているのは結構不気味(笑)。



★ 超小ネタ2題 99年1月25日

 うちの従業員のひとり(チリ人女性)は、PCのお気に入りの壁紙に「らんま1/2」を使っている。どこでどうやって拾ってきたんだか。恐るべし(あげたのは私じゃないよ)。高橋留美子センセもさぞお喜びのことだろう、きっと(嘘)。

 ジャッキー・チェン主演の映画「ラッシュアワー(Rush Hour)」を見に行く。でもスペイン語題が "Una Pareja Explosiva" となっていた。あえて邦訳すると「爆裂ペア」。って、お前ら、プロレスラーか(ま、似たような物という気もしないでもないが)。これじゃわからんだろうが。



★ マルセロ・リオスの怪我の具合 99年1月24日

 1月18日開幕したテニス全豪オープンを怪我で欠場したリオス。出場の可否のためメルボルンで検査を受けたときに背骨の披露骨折が発覚、先頃のNYでの再検査でもそれが再確認された。全治4〜8週間と診断されており、今季スタートの出遅れは必至となった。また現在のATPランキング2位も、近々かなり下がるであろうと予想される。怪我の箇所の特定は、 こちらのイラストで。



★ チリでコンタクトレンズ 99年1月12日

 使い捨てソフトコンタクトレンズも、簡単に手にはいるようになった。
 先日買ったのは終日装用、30日使用のシュアビュー。これ、日本ではまだ発売になっていないようだが、どうなんだろ。両目、6ヶ月分6枚で約10,000円。最初のお試し1枚は無料、というのもチリでも同じようにやっていた。

 日本でもおなじみのワンデイ・アキュビューも、1週間連続装用のアキュビューも、そして終日装用で2週間持つシュアビューも手に入る。値段はおおむね日本の標準小売価格と同じ。眼科の処方箋と品番の書いた紙をコンタクトレンズ屋にもって行けば手軽に買える。

 眼科もコンタクトレンズ屋も対応がしっかりしていて、安心して目の検査も受けられるし、レンズも買える。



★ いやな事 98年12月20日

 チリに2年以上住んでいればいやなこともある。結構頭にくるのが電話のマナー。

 「まったくなっとらん(怒り)!」

 電話が鳴る。受話器を取る。「もしもし」

 「○×○×?」ってぶっきらぼう。おい、いきなりかけてきて呼び捨てたぁどういうことだ、あぁ?せめて「○×○×?さんいますか?」ぐらい言えんかあぁ?もうこの辺でかなり脳の毛細血管がいくつか切れているのに、さらに追い打ちをかけるのがその間違い電話の多いこと。なんでやねん、ってくらい間違い電話がかかってくる。でもってこの調子だ。

電話が鳴る。受話器を取る。「もしもし」
「○×○×?」って相変わらずぶっきらぼう。
「違いますが」答える私。
ガチャ。
…。おい、ガチャ切りかいっ!「ごめん」の一言が言えんのかぁ!ぼおぉっ(火を噴く)

 断って置くが、全部が全部ではない。が、この際はっきり言わせてもらおう。こういうの、多いぞ!
 これってチリだけなのか知らんが、かなり気分を害すること間違いなし。



★ いやな事2 & その考察 98年12月20日

 スーパーで、飲食しながら買い物している人をよく見かける。これ、あまり慣れなくて苦手。これはチリに限らずヨーロッパとかでもあることだからしょうがないとしよう。缶ジュースをぷしゅっと空けて、ぐびぐび飲みながら買い物。レジに並んだら空の缶を見せて買い物と一緒に支払う。買い物終わるまで待てんか…。

 夏なんかよく子供にアイスクリーム食わせてるなあ。いやだなあ、商品に溶けたバニラとか落ちないかなあ。あ、あっちではパンをむしゃむしゃ食ってるよ…。

 ここまでは、いいとしよう。が、よく見かけるのが空き缶とか、アイスキャンディーの包み紙が肉売場に放置されていたりする。…。それって平たく言ったら無銭飲食やん。おーい、食ったら払えよ。それとも試食? それにしては随分量も多いし、ちょっと大胆だよな。

 この話を友人Iさんにしたら面白いことを言っていた(Iさん、ネタありがとう!)
 「でも、せいぜいジュースやアイスやパン止まりだよな。まだ、高級輸入チョコとかを悠然と食っている奴は見たことないなあ」 !おおっ、いわれてみればそうだ。確かにキャビアの缶を開けて食ったり、高級菓子には手を染めないなあ(ってそれこそ犯罪だって)。きっとスーパー内無銭飲食にもある掟があるに違いない。うーむ奥の深いチリ社会…。



★ サンチアゴ、えらいこっちゃ 98年11月13日

 スポーツ新聞風に見出しをつけるなら、「突然の停電、首都大パニック!?」

 1.折からの歴史的水不足に端を発した電力供給逼迫の危機から、政府はサンチアゴにて断水ならぬ”断電”を敢行、11月12日より始まった。

 2.区ごとに停電の時間はずらされるが、”毎日1〜2時間”とされ、”少なくても12月31日まで毎日”とされている。さらに停電の時間ははっきりと決まっておらず、予告もない。、、、と言われている。

 3.市街地の信号も約30%が無燈となり、しかも朝のラッシュアワーと重なり、あちこちで大渋滞が発生した。しかも警官が出て交通整理をするとの確約がとれていない。したとしても、予告なしだから警官の現場到着の遅れは必至。それまでに収拾のつかなくなっていることが想像できる。

 4.日系企業に勤めるC@チリさんのオフィスのある勤めるラス・コンデス地区では予告なしの停電が朝10時に襲って来た。油断をしていたC@チリさんは、朝一からせっせと作成したエクセルのグラフを保存しておらず、見事におしゃかにした。しかも結局再配電されたのは90分後だった。その前々日は家でテレビを見ていたら夜10時に停電、しかたなくその後2時間はろうそくの下での読書に変更した。

 5.これにこりたC@チリさんはさっそくPC販売店にてバックアップ電源(UPS)を購入、非常時に備えることとした。店の人曰く、UPSの問い合わせが殺到、通常の5倍とのこと。買い占めて一商売するなら今のうち?

 6.今後は、小規模商店、オフィス向けの自家発電機が売れ切れるのは必至であると見られている。

 7.電力会社は正式に声明を出しており、停電によるいかなる損害も免責であるとはやくも逃げの一手を打った。

 8.さらに夏のピークに向け、時間断水も行なうとのこと、サンチアゴの夏は厳しさを増す一方だ。

 。。。んなむちゃな!
こういう発想ができて、しかもそれをやってしまう国、怒りもあきれも通り越してした。笑ってしまい、かつ尊敬すらしてしまう。裏をかえせばそれだけ状況は深刻ということ。


★ 停電騒ぎの続き 98年12月20日

その後、12月からは、メンテナンス中だった水力発電所1基、新設の水力発電所1基が稼働を開始、停電はなんとか免れている。



★ 「ロビンソン・クルーソー」モデルの島で宝探し 98年12月12日

チリ文化財保護当局は12日、18世紀に英国の小説家デフォーが出版した「ロビンソン・クルーソー」のモデルとなったとされる島での発掘調査を、同日島に入った米国の探検チームに許可した。

 この島はチリ本土から約600キロ沖に浮かぶ火山島群フアン・フェルナンデス諸島にあり、小説にちなんで今ではロビンソン・クルーソー島と呼ばれている。当局は、18世紀に埋まった「重要な積み荷」のある正確な場所を見つけるための「科学的、考古学的な発掘」を許可した。もし宝物が見つかった場合は、チリの国内法に従って発見者にその25%分が与えられ、残る75%は政府の所有となる。

 75%って、すごいピンハネ。


★ 次の大型望遠鏡計画は日米欧共同で 98年12月9日

 国立天文台が南米チリに建設を検討している電波望遠鏡群「大型ミリ波サブミリ波干渉計(LMSA)」について、日本学術会議と国立天文台は9日、日米欧の共同で進める方針を発表した。10日まで同会議で開かれている国際シンポジウムで提案、欧米と協議のうえ、来夏ま でに計画をまとめる考えだ。

 LMSAは、国立天文台が現在米国ハワイに建設中の大型望遠鏡「すばる」に続く計画。標高4,800メートルの砂漠に口径10メートル級の電波望遠鏡を約100台並べ、干渉計として働かせて超高精度の天体観測を実現する。これまであまり調べられていない短い波長の電波、サブミリ波を主力に、太陽系外の惑星の観測や、銀河の進化の解明をねらう。

 国立天文台は1987年ごろから、チリ北部を候補地として現地調査などを進めていた。その後、米国と欧州も同様の計画を構想し、別々に検討していた。同天文台の石黒正人教授は「三者が共同すれば、それぞれの費用負担が減るだけでなく、観測能力も著しく高められ」と 話す。


★ ビジネス適地ランキング 98年12月2日

 米経済誌フォーチュンは2日、米国、世界でビジネスに適した都市の1998年版ランキングを発表した。それによると、米国内で、デルコンピュータをはじめハイテク企業が集まるオースチン(テキサス州)が第1位。また、アジアではシンガポールが第1位だったが、地価やオフィスビルの家賃下落を反映してか、東京、大阪が第2、3位にそれぞれ入った。ランキングは9日発売の同誌最新号に掲載される予定。

 ランキングは起業件数、雇用増加数といった経済項目のほか、私立学校の授業料、犯罪発生率など生活条件も考慮して決めた。

 米国の第2位はラスベガス(ネバダ州)で、初のベストテン入り。以下ソルトレークシティー(ユタ州)、フェニックス(アリゾナ州)、サンノゼ(カリフォルニア州)などと続く。また、欧州ではロンドン、中南米ではサンティアゴ(チリ)が第1位だった。



★ タクシーメーターの裏機能(?) 98年10月23日

 今日流しのタクシーに乗った。サンチアゴは他の多くのラテンアメリカの国と違い、まず安心して乗れるので重宝している。しばらくして丘越えの下り坂にかかったところでスピードがあがって来たなあと思っていたら急に、

「ピ−−−−−−っ」

とアラームがけたたましく鳴り出した。「なんだ、なんだ。このタクシー(対警察)レーダーでもつけているのか?」とびっくりしていたら、運転手、おもむろに右レーンに寄せてスピードを落とす。ほどなく、アラームが鳴りやんで、タクシーはまた普通に走り始めた。「あーあ、鳴らしちゃたよ。」タクシーの運ちゃんは言う。あれはなんじゃ、と聞くとタクシーメーターを指す。「スピード出し過ぎちゃうとさあ、アラーム鳴るんだよねえ。そう、時速100km越しちゃうと鳴るの。」

??? 全く事情がわからない私にさらに説明する。「一応乗客の安全っていうことで、タクシーメーターには必ずこのスピード監視アラームがついているんだよ。で、時速100km越してアラーム鳴って、そのまま走っているとメーターがあがっていかないようにできてるんだよねえ。

そ、そんな裏機能がついていたのか。怪しい、チリのタクシー。


★ ランチレ、ペルー国内線に参入 98年10月23日

 ランチレは Peruval Corp.と合弁でペルーに新会社「ランペルー」を設立した。ペルーの国内線を就航させ、本年度末に操業開始を目指す。機材はボーイング735と737をレンタルする予定。

 ランチリのビレラ部長はPeruval Corp.から、ランチレの経験が必要だとアプローチがあったことを明かした。「ペルーには憂慮すべき問題がある。それは国内航空会社は信用がないということだ。これは観光とビジネスの両面において大打撃である。航空業界ではノウハウが何より大事。ランチレがそれを果たしてくれると感じるペルーのビジネスマンは多い」とビレラ部長は付け加えた。


★米州サミット、サンチャゴにて開催 98年3月11日
 きたる4月19日、20日にサンチャゴで米州サミットが行われる。アメリカ大陸の約30人あまりのVIPが来チリの予定。

 クリントン大統領も国賓の扱いで来智の予定で、当日は大厳戒態勢が敷かれる予定になっている。市内で身動きが取れないのはもちろん、この日のあたりはもうまったくホテルの空きがないそうなので、サンチャゴに出張を予定されている方は、このあたりははずした方が懸命。

 フジモリ大統領も参加予定で、おりしもペルー人質救出作戦の1周年の直前。ゲリラ等の活動家がサンチャゴに潜入したとの物騒なうわさ(あくまでもうわさですが)も入っていますので注意が必要。昨日の商工会議所の定例会でも大使館から報告がありました。

 (無事何事もなくすみました > 98年4月下旬書き込み)


★ピノチェト、軍から退役、でも… 98年3月11日
 1973年、チリでアジェンデの社会主義政権を倒して軍政を敷き、1990年までは国の、かつ軍の最高指揮官、その後は陸軍の最高指揮官として君臨してきたピノチェト将軍が昨日10日、任期切れで退役し、その退官式があった。もう82歳の身にもかかわらず、これで隠居を決め込むこともせず、今度は今日11日に選挙を経ない特別枠で終身上院議員に就任した。

 前日に特集を組んだ当地全国紙「El Mercurio」はこの退官式を「Se va para quedarse(残るために去る)」と評した。

 確かにこの3月10日は、映像的にはまさに歴史の一コマとなる象徴的な日であろうが、民主化への移行そのものは1990年に終了していたので、今日から何か世の中が劇的に変わるわけではない。そういう意味では国民の大部分は冷静にこの形ばかりの式典を見守るにとどまり、びっくりするほどの大きな混乱はなかった。むしろ一番感慨深げだったのはピノチェト本人だっただろう。演説の最後の方に、家族への感謝の気持ちを述べたくだりでは目が潤む一幕もあった。

 ピノチェト将軍は、1973年にアジェンデ政権をクーデターで倒した過去を振り返り、「祖国は対立で収拾がつかない状態だった。チリが自壊する可能性は明らかだった」として、実力行動を正当化する発言をしたが、これも普段の彼の発言と変わらず、これをきっかけに大騒ぎになることもなかった。

 「大きな混乱はなかった」と書きましたがもちろん大規模のデモはセントロの方であった。

 軍政に変わったときに多くの社会主義支持派が弾圧され、また行方不明になっている事実が解明されないままに、ピノチェトが政治に参加することに抗議する学生や左翼勢力の数百人がこの日、道路を封鎖するなど各地で実力行動に出て、治安部隊と衝突した。放水車の出動や逮捕・拘留者もでたが、幸い流血騒ぎにまではいたらなかったようだ。

 むしろ今日バルパライソ(チリから西へ150km程行った港町、サンチャゴではなくここに議事堂が置かれている)で行われる上院議員の宣誓式のほうが荒れると言われていて心配だ。

ラテンアメリカ各国の関心は高いようで、CNNのスペイン語版では昨日3回、4回とこの退官式の様子を特集で放映していた。



チリ長野五輪情報 保存版 98年2月16日

2月16日、アルペンスキー男子スーパー大回転本選
44人出走、37人完走
Thomas Grob(おとうと)完走できず

2月13日、アルペンスキー男子複合本選
21人出走、15人完走
Thomas Grob(おとうと)11位
Rainer Grob(兄ちゃん)13位

2月13日、アルペンスキー男子ダウンヒル(滑降)
43人出走、28人完走 Nils Linnenberg 26位
Rainer Grob(兄ちゃん)28位
Thomas Grob(おとうと)完走できず

2月7日、アルペンスキー男子ダウンヒル(滑降)公式練習第3日
55選手出走中、
Rainer Grob(兄ちゃん)47位
Thomas Grob(おとうと)出走記録なし
Nils Linnenberg 45位

2月6日、アルペンスキー男子ダウンヒル(滑降)公式練習第2日
69選手出走中、
Rainer Grob(兄ちゃん)65位
Thomas Grob(おとうと)記録なし
Nils Linnenberg 57位

2月5日、アルペンスキー男子ダウンヒル(滑降)公式練習第1日
70選手出走中、
Rainer Grob(兄ちゃん)68位
Thomas Grob(おとうと)63位
Nils Linnenberg 55位


★ カウチするなら… 97年12月30日
 ひまな休日を過ごすなら、レンタルビデオで映画を借りてきてごろ寝を決め込む手もある。サンチャゴでも日本と同じような休日の過ごし方は可能だ。なぜか足が遠のいていて今まで行ったことがなかったのだが、サンチャゴのレンタルビデオ屋というものを覗いてみた。

 チリで最大のチェーン、Blockbusterに出向いた。

 会員になるには、IDカード(カルネという、身分証明書)に、居所を証明するもの(公共料金の領収書など)を添えて提出する。年会費などは特にとられない。貸出期間は、以上に短い。ここらへん、日本のように過当競争の中、「7泊8日」などの大サービスぶりはここではまだうかがわれない。通常、48時間以内、新作は別のシールが貼られていて、いわゆる1泊2日である。レンタル料金も物価水準の割に高めで1本1,400ペソ。ずいぶんな大名商売である。どうもレンタルビデオだけでは商売にならないらしく、同じ店舗内でセルビデオからNintendo64のゲームソフトのレンタルに始まり、音楽CDやペーパーバック書籍の販売にまで手を染めていた(ビデオだけではないのは、本家のUSAのブロックバスターと同じようだ)。

 ビデオ棚は日本ほど充実はしていないが、メジャーなものはたいてい置いてある。音楽ものやアダルトはない。新作はまちまちで、97年12月末現在、「スピード2」や「ロストワールド」はまだ実入荷だったが、「MIB(Men in Black)」が大々的に一番良いところに置いてあった。ほとんどのビデオが日本と同じく、オリジナルのフィルムに字幕スーパーを入れたもの(こちらの場合はもちろんスペイン語)で、英語とスペイン語の勉強がいっぺんにできるという思わぬメリットがあるが、台詞の多い難しいものは、結局まったくストーリーがわからないと言う困ったことにもなりかねない。


★おすすめチリ土産 97年12月30日
Tシャツ  チリのお土産っていうとこれといった決め手にかけて、結構困る。ワインでも買っていけばまず大丈夫なんだろうけど、ご存知の通り重いし、日本に持ち込める免税範囲は3本。ましてや大理石でできたモアイ像なんかだと飛行機に載せるときに超過料金を取られそうでやっぱりためらってしまう。ならばTシャツなんかはいかがだろうか。

 ◆ Chile Tees
 ここならそこそこ、日本人受けするTシャツがそろっている。作者の知る限り、一番まともなデザインをしていると思う。ペンギンをあしらったそれは垢抜けていて、かつ結構かわいい。右上の写真(クリックすると大きい写真、20KB)のような感じだが、Tシャツは1枚8,000ペソ、他には帽子とかマグカップとかの小物もある。

Tシャツ 本社 電話738-6528、ファクス738-6529
Santiago、ショッピングセンターAlto Las Condes内、 電話213-1179
Santiago、ショッピングセンターParque Arauco内、 電話201-8483
Concepcion、電話41-48-1692
Vina del Mar、 電話32-68-2042
Chillan、 電話42-23-4480



Luis Miguel コンサートレポート (97年11月21日)
 Luis Miguelって日本じゃ全くと言っていいほど無名(余談:先日検索エンジン「Goo」で「ルイス・ミゲル」と検索したらやはりほとんど引っかかってこない。やっと見つかったページに飛ぶと、そこはストリップ劇場のホームページで、その時使われるBGMの引用から検索に引っかかったのだった。ああ、悲しすぎる…)。しかしながらこのメキシコ人の彼、ラテンアメリカではいずこの国でも喩えるなら「若きフリオ・イグレシアス」といったところで、ムード歌謡を歌わせたら右に出るもの無し、特に若い女性に絶大の人気がある。顔は大したことがないのだが(失礼>作者@夫)(でも笑うと結構かわいい>作者@妻)、声は。現在最新アルバム、"Romances"の北米・中南米縦断ツアー中、そのツアーメニューとしてサンチャゴにもやってくる。本拠地メキシコでの1ヶ月のも及ぶ(!)ロングランのあとだけに体調、コンディションに一抹の不安あり。

 さて当日。もともと11月6日の1日だけの予定が、あまりの人気に5日(サンチャゴ)8日(Vina del Mar)の追加公演が急遽決まったほどの盛り上がりぶりだ。しかしながらサッカー競技場を使った、オープンエアでのリサイタルで、アリーナが80,000ペソは高すぎる(それでもすぐに売り切れになったらしいけど)。作者@夫・妻はこんなプレミアムチケット買えないので、もう少し後ろの安いチケットで我慢する。

 当日は、会社の(女性陣の)間でもこの話で持ち切り。「えー、あんた行くの?」「うん、友達と。いいでしょ」「あたしなんかチケット売り場に行ったらもう売り切れだったわよ」>そりゃ最近になって行ってもだめでしょ@作者。と、話に花が咲く。
 会場は、サンチャゴ市の東のはずれ、山のふもとだ。さてここで迷った。自分の車で行くべきか、タクシーで行くべきか(バスは安いけどルートがよく分からないので今回はパス)。車で行けば帰りは足を確保したことになり楽だが、スタジアムの駐車場が大きくなく、場所確保のために早く家を出て、かつ必然的に路上駐車を強いられるという。いたずらされたらいやだなあ。タクシーで行ったら行ったで、帰りの足をどうやって確保するのか心配(ちょっと鈴鹿の8耐との混雑ぶりを想像してしまう)。迷った挙げ句帰りはその時考えることにして、タクシーで乗り付けることにした。
 帰宅ラッシュの波にもまれてようやく会場のそばに到着したのは30分前。当然真ん前までは乗り付けられないので、適当なところで降りて、坂道を一路競技場目指して登っていく。途中、いろいろな売り子がいろいろなものを売っている。ルイスブロマイド、ルイスクッション、ルイスTシャツにルイスはちまき。どうみても肖像権の存在しない世界。

 会場が遅れている。ま、想像した通りだが。警官が大量投入されているおかげでもみ合いになったりとかのパニックはなくゆっくりだがスムーズに会場に入ることができた。女性の人気がすごいこともあって、会場の男女比はざっと見て2:8で女性。来ている男性は、ほぼ100%旦那かボーイフレンド。女友達同士4,5人で来ているグループも非常に多い。ほとんどが20代の若い層だが、中年のおばさまも結構目立つ。斜め前には初老の夫婦。この騒然とした場内で最後まで持つのだろうか不安。結局開演は1時間も遅れてしまった。

 10:00、ついにミゲル様登場、開始と同時に、割れんばかりの黄色い歓声(本当に色が見えるようだった。背景色の関係でここで文字を黄色に表現できないのが残念)、場内総立ち、それもパイプいすの上にだ。この時点で前出の初老の夫婦の姿は埋もれて見えなくなってしまった。
 中央演台の両脇にバカでかいモニターが備え付けられていて、事前に用意してあったイメージビデオや、彼のプロモーションビデオと、生のライブの姿を巧みに組み合わせて映し出す、なかなか粋な演出。日本やアメリカじゃ別に珍しくもないのだろうが、サンチャゴでさらりとこういうことをやられるとびっくりしてしまう。演出としては抜群の出来栄え。

 歓声はとどまるところを知らない。「きゃあ〜みげーるう、愛してるう!!(て あ〜もお〜っ!!)」 …そりゃあんたは愛したかろうが、隣に連れてきた彼の立場はどうする…。場内を埋め尽くしたあらゆる層の女性が、彼にあわせて歌い出す(歌うというよりはがなりたてるという感じだが)。が、おせじにもうまいとはいえない。というか、げげ…、はっきりいってへたくそ。おいおい!そんなにがなりたてちゃ舞台の本人の生声が聞こえんだろうが!ただし観客の予習は完璧と見た。すべての歌をフルコーラスちゃんと歌えるのだからすごい。こっちと来たら、メロディーは知っているが歌詞までは知らないので(さすがにスペイン語の歌詞を予習してくる気力がなかった)、ノリが周りと違っていてちょっと浮いているかなあって感じ。ただし皆正面のミゲルに夢中で、こっちに気を取られている人など誰もいなかったけれども。カメラの持ち込みはよかったようで、皆歌を歌いながらフラッシュをたく。

 歌に酔い、連れてきた彼氏、旦那は完全無視される。きゃあ〜っ!と感極まり、我を忘れ声を張り上げるセニョリータ達と対比するかごとく、あちらこちらにちらほらと見受けられる、皆一様に腕を組んで無表情で冷静にいすの上に立って舞台を眺める男達(&含作者@夫・妻)。どこをむいても同じ光景に思わず爆笑。まあ、中には一緒に歌を口ずさんで一人カラオケ陶酔状態になっている男性もいたが>作者@妻の右隣とか。

 圧巻は、歌の間に着替えるためルイスミゲルが中座したとき。バンドは進行を止めないように当然演奏を続けているのだ。そしてサクソフォンのソロ。いいねえ…と思いきや、客が一斉に座りはじめた。「あー立ちっぱなしで疲れたー、よっこいしょと」…。もうちょっとバンドの兄ちゃんにもつきあってやれよ…。

 そんなこんなで2時間のリサイタルは、ノリノリの中、約20曲、アンコール1回、3曲ほどを披露して終了。メキシコでのロングツアーの疲れも見せずなかなかいいコンサートだった。

 帰りは、当初の不安も吹き飛ぶほどの、あのおなじみの黄色いバスの群れ。30台くらいはあるだろうか。目指す路線を探して該当のバスに乗り(この日は特別料金と称し500ペソもとられた。通常のバスは160ペソ。)、アパートのそばで降りて、そこから流しのタクシーに乗り換え無事帰宅。時計は1時近くだった。 *作者注:無責任なことを書いたと思われないように申し上げておくが、サンチャゴもセントロは昼間でもぶっそうだ。特に夜間の外出は危険なので、旅行者の方はツアーコンダクター等の指示をちゃんと聞いて行動していただきたい。


Jamiroquai  コンサートレポート (97年11月21日)
 Jamiroquaiには10月16日、作者@妻が友人達と出撃した。
 ちなみにリサイタルはダウンタウン近くのホールで行われ、全席指定で10,000ペソ。値段が安いのもさることながら全席自由なのが何とも怪しい。発売開始から2週間も経って、近くのレコード屋(今ってCDショップとか呼ぶのだろうか)にふらふらと行ったのだが、簡単にチケットが取れてしまった。あの「じゃみろ」なのにこんなに簡単にチケットが取れてしまって良いのだろうか(そしてスタジアムは満席になるのだろうか)。最新のアルバム、"Travelling Without Moving"はどこでも売り切れだった。皆予習に余念がないのか、入荷が少なすぎるのだろうか。結局作者@夫が出張先のアルゼンチンでやっことさ探して買ってきた。

 コンサートの模様は作者@夫が行かなかったので詳細は割愛させていただくとして、やはりここでも予習組が威力を発揮。英語の歌にもかかわらず、みなよく一緒に口ずさんでいた。彼ははじめから終わりまでチリのサッカーナショナルチームの赤のユニフォームを着ていて皆から喜ばれていた。(後のタレ込み情報によると、ブラジルでもあっちのユニフォームを着て歌っていたらしい。やっぱりね)。でも作者@妻によるととてもいいコンサートだったらしい。


★アタカマ砂漠地方への旅 (97年10月16日)
 「チリもつもれば」もいよいよサンチャゴを脱出。9月18日から3泊4日で、チリの超有名観光スポット「アタカマ砂漠地方」へ出撃した。通常の観光ガイドは、本屋のガイドブックと、リンク先Webページを参照されることをお願いして、「チリつも」ならではの耳より情報をお届けしよう。

 アタカマ砂漠地方は、周辺に観光スポットが散らばっていて、4輪駆動車でスポットをめぐっていくのがオーソドックスな観光の方法。自然のそのままの姿がほとんど手つかずの状態で残っていて、観光地ずれしておらず結構感動する。

 が、しかし!自然のまま、とは裏を返せば施設が何もないということでもある。宿からどんどこ揺られてやっとたどり着いたその地には…

 「トイレがないっ!」

 感動の大自然を前に気もそぞろでは旅の思いでも半減だ。トイレの有無まではどんなガイドブックにも載っていなかったので、我々チリつもM&Kも本当に苦労した。

 ならば!と言うことで、おそらく世界初(と思うんだけど)、題して

 「アタカマ砂漠トイレスポット大公開」。


はじめに
 アタカマ砂漠地方の主な観光スポットは以下の5つである。それぞれのスポットの簡単な紹介と、トイレスポットを紹介する。「まともな」観光ガイドはリンク先のWebページに委ねたい。
San Pedro de Atacama(サン・ペドロ・デ・アタカマ)   観光ガイド(英語)  観光ガイド(英語)
 アタカマ砂漠観光の宿・拠点となる町。最寄りの空港Calamaからは、100km、80分ほど。なお、以下に挙げる観光スポットまでの距離と所要時間はすべてこの町を出発点として計測されている。砂漠のオアシス的なこの町、砂埃の舞うこの地にこじんまりとした宿が沢山ひしめき合っている。アドベという乾しレンガでできた塀や、家々が興味深い。木材が手には入りにくい昔に、サボテンを干したものを屋根の「梁(はり)」に使用した教会や(その昔「世界ふしぎ発見」というテレビ番組で紹介された)、ミイラが展示してある博物館もここにある。

 トイレポイント
 旅の拠点故、あなたの泊まっているホテルにはトイレがあるはず。しっかり用足しをしていざ出発。


Geiser de Tatio(タティオ間欠泉)  観光ガイド(英語)
 San Pedro de Atacamaから約120km。車で120分くらい。宿を出たら最後、目的地まではトイレはないので要注意。朝日の昇る頃到着するために出発はたいてい朝の4時か5時になる。途中真っ暗闇の中、野原でちょっと…というのも結構勇気がいる。

 ツアーメニューに「朝食付き」と記されていた。おおっ、標高4,000mの高地に小さな山小屋風カフェテリアがあって、そこにテーブルと椅子を出して、朝日と吹き出る湯気のコントラストの中温かいコーヒーをすする…。こんな酷寒の地の山小屋の番人って一体…、などど勝手に想像しているうちに現地到着。ん?何もない荒野?、と思っていたらうしろでがざごそと音がした。ああ、なんたる勘違い。「朝食付き」ってツアーガイドの持ち込みだったのだ。そりゃそうだ、こんな何もない所で茶店を経営するような酔狂なヤツはいない。ガイドが持ってきたの弁当箱の中身は、インスタントコーヒー、ティーバッグ、ハムとチーズのサンドウィッチ、果物、チョコレート。それに生卵がついている。生卵はご想像の通り、その辺からぼこぼことわき出している湯で「温泉卵」を作るためだ。この企画、結構気が利いている(メニューはツアーによってないようが変わるようだ)。

 トイレポイント
 上記のごとく目的地到着までトイレらしいところはない。さて無事ついたとしても、朝焼けの中コーヒーなんぞ飲むとやがて気になるトイレ。ツアーで行くとたいてい間欠泉を見て朝食を取ったあと、ここから2km程の所にある別の間欠泉群スポットに立ち寄る。ここには人口の露天温泉プールがあって、チャレンジャー達が気持ちよさそうに泳いでいたりする。このあたりに、山に向かって野原が広がっているのだが、その所々に大きい岩がごろごろと転がっている。ここが「唯一の」トイレポイントだ。こそこそと岩陰に消えて、用を済ませておこう。帰りも1時間半、トイレらしい所はないんだから。4,000mある高地、いくら緊急を要していても岩陰までは走らないように(息が切れる)。ゆっくり歩いて進むべし。ちなみに手は、その辺をちょろちょろと流れている温泉の水が使って洗える。
 (後日記:Mさんから以下のような情報を頂きました。ありがとうございます)
 タティオ間欠泉の手前に作業員宿舎の廃墟(タティオの蒸気を使って発電しようとしたらしい)がありそこにトイレらしき物(囲いがある)がある。ガイドに言えば連れていってくれる。 →これで野XXは免れそうだ>作者@夫


Salar de Atacama(アタカマ塩地)  観光ガイド(日本語)   観光ガイド(英語)
 塩分を沢山含む湖にも関わらず、フラミンゴや野鳥が餌をついばんでいる不思議な生息地。San Pedro de Atacamaからは60km、1時間くらいのところ。

 トイレポイント
 湖の入り口の駐車場に管理事務所がある。ここにトイレがあるようだ。「ようだ」というのは、作者@夫・妻が行った9月19日は4連休の真っ最中。見事に閉まっていてだれも管理していなかった。通常期の平日、土日共に空いているようだが過度の期待は禁物。道中、野外トイレになりうる様なスポット無し。保険に別のポイントを紹介しておく。San Pedro de Atacamaを出て30分くらい、丁度道中を半分くらいいったところに人口400人の小さな村Toconaoがある(ツアーでは行きもしくは帰りに立ち寄るはず)。ここにある、ただ一軒の土産屋でトイレを貸してくれる(無料)。店のおばちゃんの様子から「貸し慣れている」ようだ。ただし家族が使っているトイレなのでそのつもりで。水はちゃんと流れた。貸していただいたお礼にせめて塩湖周辺で採れる「塩の結晶石」(500ペソなり)くらいは買っていってあげよう。


Valle de Luna(月の谷)  観光ガイド(英語)
 まさにその名の通り月面のような幻想的な風景が広がる。Nasaも火星にPathfinderを送る前にここで実験をした。Nasaはアメリカから無線でこの月の谷にあるラジコンカーを遠隔操作して実験を繰り返したらしい。

 トイレポイント
 現地は例によって観光スポットにもかかわらず何も人工物が設置されていない。狭い地域にあちこちのツアー客がひっきりなしにやってくる上、これといった「岩陰」もない。San Pedro de Atacamaからは15km、15分とかなり近いスポットであるが、油断禁物だ。


Chuquicamata(チュキカマタ銅山)  観光ガイド(英語)
 世界一とも言われる露天掘りの銅山。日本の社会の教科書でもおなじみ。あり地獄のものすごく巨大になったものだと思えば想像しやすいかも。ただそのあり地獄、穴の直径が3kmあるらしいが。我々が入ったときは4連休の最中でで見学ができなかった。見学は平日のみやっている。

 トイレポイント
 比較的大きい街アタカマ市から20分ほどの至近距離。San Pedro de Atacamaからは120km、90分ほど。銅山にもトイレは沢山あるはず。よってトイレの心配無し。


地上絵
 20年程前、近くの鉱山(Chuquicamataとは別の鉱山)で勤めている人が発見。最近まで発見されなかったほど何もない山奥にある。名所ではないのでツアーに含まれていない可能性あり。先住民の残した何十個かの地上絵が小さな丘に残っている。大きい物でもせいぜい3mx3mくらいで、ナスカの地上絵の様なものは期待すべからず。ただ特筆すべきは、上層の灰色をした石・砂をどけて下地の白っぽい部分を露出させて線を描くという手法は、ナスカと同じ。

 行き方:Chuquicamata銅山に向かい、入り口直前で左折。どんどん内陸に向かっているとそのうち看板が見える。一本しかないダート道をひたすら走ること30分、小高い丘と向かいに駐車場が見える。

 トイレポイント
 駐車場と説明看板以外何もない全くの不毛の地。トイレポイントはずっと戻ってChuquicamata銅山入り口の手前を左折する、そこにあるCopecというガソリンスタンドが最後の砦だ。ここはCalama市ダウンタウンから20分くらいの所にあたる。


さあ、これであなたも安心してアタカマを極められるぞ。


★「サロンパス」(97年10月16日)
 前週の春スキーで、大クラッシュして膝の内側の筋を痛めた作者@夫。まあ大したことなくて本当に良かったが、筋が延びてしまったせいか多少は痛いので湿布でも当てることにする。普段、有事にお世話になっているのはメキシコ製レオンマークの唐辛子入り湿布。名前から想像した通り、めちゃめちゃ効く。唐辛子のエキスが患部に染み入りぴりぴりする。

 レオンもいいけど今日はひとつ、すーっとする、冷湿布系のものを探そうと薬局へと足を運んだ。薬局の白衣の兄ちゃんに「レオンの唐辛子湿布以外に他のメーカーのやつ無いの?」と聞いたら「これならあるけど…」と出してくれた。ん?「SALONPAS-E」…?

 おおっ、これって久光の「サロンパス」ではないか。 久光 無臭・微香がはやっているご時世にあのなつかしい湿布臭さ!まさに20年前にタイムスリップしたかのような。サロンパス「クラシック」とでも呼んでおこうか。この「クラシック」、日本のように大きい箱に入っているわけではなく、2枚入り1パックでアルミ状パッケージに入ってバラで売られている。 それも1,250ペソとバカ高い。でも長年親しんだブランド、試しに買ってみることにする。この湿布然たる臭さが、逆に効きそうでいい。全面スペイン語のオリジナルパッケージ(あとからスペイン語のシールを現地で貼ったということでは無い、の意)とはなかなか久光さんも気合いが入っている。しかも「Hisamitsu Pharmaceutical Co., Inc, Fabricado en Japon」の文字。日本製の、中南米向け輸出バージョンだっ。

 ということで思わぬ所でサロンパスに出会えた訳だが、今作者@夫の足にはサロンパスが貼ってある。なかなか効いているようだ。え?サロンパスって、日本じゃ肩こり専用の膏薬だったんじゃないかって?そうだったけ?


★チリ日本大使館のノート(97年9月15日)
 大使館にビザの更新に行った。受付を待っている間、部屋をうろうろしていて見つけたのが訪問記帳。記念にひとつ…、だったり色々な国を旅している人が自分の足取りを残しておく目的から置いてあるのだろうが、これがなかなか興味深い。

 欄には訪問日、氏名、職業、チリでの連絡先、どこの国から来て、どこの国に行くのか、パスポートNo、日本の連絡先等、ごく普通の情報が記されている。ごく普通…と思ったらとんでもない!

 まず、このノート(といってもちょっとした電話帳並に大きくて分厚いのだが)の設置が昭和37年。もう35年近くになる、歴史の重みを感じさせるノートだ。記帳は任意で、大使館訪問者が必ず記入しなければならないものではないので、書き込みは決して多くなく、やっと半分くらいまで埋まったかどうかというところ。このままだと西暦2030年くらいまではもちそうだ。当初昭和で始まっていた訪問日もいつからか西暦に変わっている。

 そうこうしながらぺらぺらとめくっていて目に留まったのが職業を書く欄。初期のものはちゃんと会社名や学校名が入っているものが多く、字も心なしか緊張ぶりがうかがえるほどだ。が時を経るにつれてだんだんとリラックスしてゆく。海外旅行が気軽になってきたのに比例して、記帳へ取り組む姿勢もずいぶん気軽になっていく。歴史的に「会社員」「学生」に混じって「無職」もよく出てくる職業(?)なのだが、時は1992年の欄、はじめて「プー」登場。「そうかあ、プータローという職業の社会的認知はこの年にあるのか…」とひとりで妙に納得。

 1995年あたりから状況は一変し、「大使館で記帳」という厳粛な雰囲気は崩壊の一途(?)を辿る。

 「フリーター」
 「風」
 「巨人ファン」
 「走り屋」(たぶんサイクリストのことだろう)

 と、こりゃまた随分くだけたものだ。そしてこの日の一番の収穫は、職業

 「寒がり」

 …。おいおい。

   しかし、万が一この人に何か起こったら、報道発表はどうなるのだろうか。
 「チリに9月に立ち寄ったのを最後に、消息を絶って3週間になるXX県の寒がりの山田太郎さん(仮名)の安否が…」 いうのも悲しすぎるので、皆さんは正しい職業を記入するように。

 でも一人くらいは、いつか誰かがこれを発見して、職業欄に「汗っかき」とでも書き残してほしいものである。
 (外国に在住の方、あなたのお国の訪問記帳自慢の投稿をお待ちしています)


★チリへ寄港したあの船が…(97年9月15日)
 朝日新聞にこんな記事が出ていた。

 *****
 〜海自の護衛艦が砲で自艦撃ち抜く(97年8月29日)〜
 海上自衛隊の護衛艦「まつゆき」が29日午前5時45分ごろ、ミッドウェー島西北西約1100キロの太平洋上で、76ミリ対空対艦砲の訓練射撃中、自艦の艦首を撃ち抜く事故があった。甲板上にはだれもおらず、乗組員にけがはなかった。艦首に直径約30センチの丸い穴が開いたが航海に支障はなく、予定通り来月5日に東京・晴海港に帰港する。海上自衛隊の艦船が装備している砲で自艦を撃ち抜いたのは初めてだという。

 防衛庁海上幕僚監部によると、「まつゆき」は練習艦「かしま」とともに今年4月に日本を出港、三等海尉になりたての初級幹部約140人を乗せて南米などを回る(チリつも注:チリも含まれている)約半年間の遠洋練習航海中だった。

 この日は「まつゆき」の76ミリ砲で空に放した風船を狙う射撃訓練をしていた。4発目に砲の装てん装置が突然停止したため、原因を調べようと射撃を中止し、砲を定位置の艦首に向けてから動力を切った。その直後に装てん装置が作動し、弾が発射したという。

 76ミリ砲はイタリア製で、甲板上の砲塔と離れた管制室から遠隔操縦する。弾は電力で自動的に装てんする仕組みで、護衛艦など30隻余に装備されている。

 海自は「まつゆき」が晴海港に帰港後、砲の故障か人為ミスがからんでいたのか、詳しく調べる。
 *****

 ま、一応チリ関連ということで…。


★有名なチリ人(97年9月15日)
 Carlos Villalon(カルロス・ヴィラロン)氏。「業界では相当有名な人物」(作者@妻)、「その存在を全く知らなかった」(作者@夫)。どういう人かというと…

 イヴ・サンローラン、クリスチャン・ディオールなどのメイクアップ・アーチストを経て、昨年、ヘレナ ルビンスタインのインターナショナル・ディレクターに就任。今回の新色も、彼の手によるもの。大の親日家であり、祖国チリの女性と同じ、黒髪と黒い目をもつ日本の女性の美の創造に、熱意を燃やしている。(講談社Frau96年9月10日号)

 「日本女性は、美しい。それなのに、その美しさがメイクで生かされていません。本来の情熱的で官能的な魅力を、もっと表現してもいいのではないかと思いますね」と、真剣な表情でカルロス・ヴィラロン氏は語る。(講談社Frau96年9月10日号)

 大胆不敵で繊細なモノトーンの世界〜ヘレナが魅せる色のマジック
 カルロス・ヴィラロン氏をクリエイターに迎えてからのヘレナのメイクは常に衝撃的でドキドキするほど刺激的。今シーズンも光と陰を巧みに操り、独創的なカラーが勢揃いしている。(講談社Frau97年9月9日号)

 Helena Rubinstein ヘレナ ルビンスタインのWebページは☆こちら☆にて。


★硬水(97年8月25日)
 「サンチャゴの水はアンデスの雪解け水です」
 と聞くと何か「南アルプス天然水」の様なものを思い浮かべるかも知れないが、残念ながらそれははずれだ。「硬水」なので色々大変なことがある。
★近頃のサンチャゴ(冬なんです)(97年6月19日)
 昨年来から悩まされ続けた異常渇水。飲み水・工業用水はもとより、電力に関しても、ダムによる水力発電の依存度が高いだけに、ダムの貯水率の異常低下はエネルギー危機が叫ばれるまでの非常事態宣言が続いていた。電力確保のために、火力発電用の石油の輸入が急増、一時は貿易収支が予想以上に悪化していたくらいだ。

 が、ここにきて事態は急転直下。5月半ばからまとまった降雨が始まり、今度は一転して、過去最高記録の降雨量を更新中(今じゃ例年の1.5倍じゃっ)。まるで日本の梅雨を思わせるような、そぼ降る雨の続く日が1ヶ月も続いている。ダムの貯水率は最近4年での最高水位へ達し、とりあえず今年中はもう大丈夫そう。ただその一方で今度は水害も発生していて、自然だけはなかなか思うようにいってくれない。

 冬の雨は他にも恩恵を与えている。盆地状になっているサンチャゴ市は、例年冬になるとスモッグによる大気汚染が非常にひどく目や喉の痛みに悩まされる人が続出なのでだが、今年は雨続きで汚れが洗い流され、かつ適度な湿度となり空気の状態はかなりいいようだ。そして東にそびえるアンデスの山々では雪となり、まあ積もるわ積もるは。日毎に雪の量が多くなり、もう山のふもとの方まで真っ白。空気がきれいなせいで、毎日その美しい雪山の姿を見せてくれている。夕方、西日を受けて茜色に染まるアンデスの美しさはすばらしい。いよいよスキー場も一斉にオープン、スキー情報も「チリもつもれば」にて随時お送りします。

 今年はたまたま空気の状態がいいだけで、大気汚染が冬になる度に問題になるサンチャゴ市、5月から「シェアライド促進」をスタートさせた。「シェアライド」とは、相乗りのことだが、サンチャゴの新興住宅地(東)とダウンタウン(西)を結ぶCostanera通りは、従来から交通渋滞緩和のため、通常片側3車線ずつの通りを、通勤ラッシュ時に全面一方通行にしている。平日朝は西行き、夕方は東行きの一方通行だ。この措置はいくつかの幹線道路でとられているのだが、Costanera通りではそれに加え、「1人乗り」乗用車レーンと、「2人以上乗り」優遇レーン(グリーンレーン)を設けた。つまり、朝は西行き全6車線のうち3車線が1人乗り用(ぎゅうぎゅう)、残り3車線が「2人以上乗り」レーン(すいすい)。夕方は向きが逆になる、という仕組みだ。
 果たしてその効果のほどはいかに。


★サンチャゴの正しい観葉植物の買い方(97年5月19日)
 サンチャゴには「観葉植物屋」がいますので、彼から買いましょう。彼は台車に色々な観葉植物を載せて、 ガラガラとオフィス街を練り歩いています。この時点では、植物は土が黒いビニール袋に包まれた、 いわば裸の状態です。会社の秘書が彼を見つけたらこちらへ呼びます。従業員がわらわらを集まってきて品定めをします。 好きな草木を選んだら、代金を払います(種類にもよるが、1mもので1,000円から1,500円くらい)。 彼は仕事場に戻り、植木鉢に植物を植え替え(植木鉢は本物に似せた茶色のプラスチック製ですが)、 オフィスに再登場、納品となる次第です。全部やってくれるので不精さん向きです。


★チリの国際電話を安くする(97年4月28日)
 うちは今マイナーなMultiportador(むるてぃぽるたどーる、長距離・国際電話会社) と契約をしている(IUSATELというところ)のだが、この度価格改正があって、新価格が知らされてきた。
ついにここまで安くなった。日本への国際電話は、地球の裏側にもかかわらずUSA〜日本並だ。 ただ、マイナーキャリアーの泣き所で、電話がつながりにくい。急ぎの時なんかは、 しょうがなく通常料金のメジャーキャリアーを使って電話。これだと1分500ペソ(150円)くらい。 それでも日本から電話することを思えば安くなったものだ。


★チリ人見栄講座(97年4月28日)
 意外なことからチリ人の見栄っ張りな一面が判明。
 ある日、警察が「自動車運転中の携帯電話一斉取り締まり」を行った。片手運転による交通事故防止のためだ。 で、当然のごとくいっぱい捕まる。が尋問してびっくり。携帯電話を片手に運転していたドライバーの多くはなんと 「おもちゃのケータイ」を片手に運転していたのだ。そう、外見だけ本物っぽくて中身は空の、 おもちゃ。プラスチック製だったり、木製だったり。おいおい、いったいこれはどういうことだろうか。 ガキがやるんならまだしも、大の大人が…。会社のチリ人に真意をただしてみた (彼の名誉のために言っておくが、彼はこのような「やましい」ことは、やっていない)。

「ああ、見栄っ張りな奴が多くてね、ケータイ持って運転してると交差点なんかで目立つでしょ、 ステータスっていうか。あれで女の気を引こうとしてるんだよ。」

にせのケータイで気を引くう〜っ???なんじゃそりゃ。彼は他にも次のような行為もあるとうれしそうに教えてくれた。 くどいようだが、これらは子供のたわごとでなく、アダルト達のおこなひである:

なんかすごい。


★サンチャゴ国際空港の免税店をのぞいてみよう(97年2月17日)
 久しぶりにアルゼンチンに出張があったので (なんとタンゴショーも見に行けないほど忙しいとほほ出張だった)、 サンチャゴ空港の免税店を冷やかしてきた。


★おまけネタ 〜 「プリント倶楽部」アルゼンチンに上陸(97年2月17日)
 ブエノスアイレスのショッピングモールの一角にある、ドラッグストアーの片隅に「プリクラ」発見。 日本製の機械だったので本物だろう。平日の昼間だったせいか、女子中高生がたかっている姿は見られなかった。 それになぜかのれん(っていうんですか、あの上からたらしてある幕)が取り外されていた。 チリにはまだ上陸していない「プリクラ」、アルゼンチンはチリよりすすんでいる?。 なお未確認情報ですが、メキシコシティにも「プリクラ」が上陸したようだ。


★ああ夏休み(97年2月17日)



 チリ人に人気のある海外リゾート地をちょっと紹介。こういう所に行けるのはほんの少数のお金持ちだけなのだろうが、旅行案内は新聞・雑誌で派手に宣伝がうたれている。価格は、雑誌に載っていたパッケージツアーの一例。  ちなみにサンチャゴ〜日本往復、JAL&ランチリで1,900米ドルからある。


★超小ネタお薬屋さん (97年1月26日)
 チリの薬屋(ドラッグストア)の名。「ミドリ十字」(Cruz Verde)という日本で見たことがあるようなものがあると思えば、「病の館」(Casa de Enfermo)とホラーものもあり。「病の館」は「びょうきのおうち(うさちゃんの絵付き)」と訳したとしてもあんまり入りたくないよねえ。


★おいおい当たっちゃったよ(97年1月17日)
 何がなんだか訳が分からず知らないうちに、当たってしまいました、フロリダ・ディズニーランドのそばに4泊5日の宿泊券。そういえばマックで飯食ってた時になんか2人でアンケートに答えたよなー、とおぼろげに思い出した。今回のは妻の方のアンケートに当たったらしい。年末は年末でショッピングセンター内で客引きに (笑)捕まってしぶしぶアンケートに答えたら携帯電話(6,000円相当)が当たったし。最近ちょっと運気上昇中?

 (携帯裏話:携帯電話を使うには電話会社に申し込みをしなければならず、この客引きの元締めの電話会社と契約しないと電話機がもらえないしくみになっていた。丁度どこの会社でもいいから契約したかったので、その場で申し込んでしまった。飛んで火にいる夏の虫、まさに相手の思うつぼ。)

 ということで夫・妻二人でいそいそと指定された場所にクーポンをもらいに行ったら…、がーん不動産屋だった。しまった、日本でもよくある、もので釣って事務所までおびき寄せて高価なものを売りつける、あの商法!…うかつだった。しかしもう後の祭り。今回売りつけられたのは、フロリダのコンドミニアム1週間(一口)オーナー。しめて200万円。見たくもないビデオ見せられて、聞きたくもない説明を延々2時間も。買う気がない、と言ってもなかなか帰してくれず。やっとのおもいで出てきた。クーポンはちゃんとひったくってきて。家に帰ってそれを眺めてみる。どれどれ、やたら条件があるぞ…

 まあ引っかかった方が悪いんだけど、まさかチリにまで来てこういう目に遭うなんて思いもしなかった。 これって、詐欺一歩手前。何で普通に商売できんのだろうか。んたく腹の立つ。

2日後、電話がかかった。「(夫の名を呼んで)あなたにフロリダの宿泊券が当たりました!4泊5日で…」(あれーこれって例のやつか。今度は俺か)むっとした夫「それって誰にでも当たるんじゃないの」不動産屋「いや、そういう訳じゃないんです。あなたが選ばれて…」夫「うちの妻もこれ当たってあんたの事務所行って来たよ、このうそつき」…ちょっとお間抜けな不動産屋でした。ちゃんちゃん。


★新聞「える・めるくりお」購読開始(97年1月17日)
 当地全国紙No.1の「El Mercurio」の購読を開始した。あまりにも現地の情報にうといことに焦りを覚え、何か読まなくちゃ、ということだ。最初英字新聞を捜していたのだが、唯一あったやつがこれがあまりに出来が悪く、いきなり読む気をなくしたので読めない(あまり読む気も起こらない)にもかかわらず、スペイン語の新聞をとることにした。


★チリの郵便事情その4 (97年5月19日)
 実家に頼んでおいたビデオ録画、日本の連続ドラマを頼んだのだが、まずその初回分 (4月8日〜5月8日放送分)が到着した。郵便局消印が5月9日、サンチャゴ到着が5月15日夜。 税関での開封も、課税もなく初回のビデオは無事に到着。ビデオ1本(280g)で航空便770円也。 2本以上まとめて送ると、税関で引っかかって内容の検閲があり、引き取りがものすごく遅れるという噂だ。 従って実家には面倒でも1本ずつ送るようにお願いしてある。 (が、一度友だちが知らずに5本まとめて送ってきたときも未開封・非課税だったし、 周りの日本人の人も「大丈夫だよお」と言っているので実際どうなのかはわかりません。) これで秋の夜長も楽しくなりそうだ。え?どのドラマかって?ご想像にお任せします。
(97年7月7日追記:その後もコンスタントに両方の実家からビデオ配給がなされている。 毎回6日〜8日でちゃんと到着するので安心して物資輸送をお願いできるようだ。)


★チリの郵便事情その3 (97年1月2日)
 ちょっといい話。日本から会社宛てにエアメールで小包が到着したのだが(中身はカタログだった)、 茶色い紙に包まれた簡易包装だった。よく見ると「あなたへの手紙は海外から悪い状態で到着しました。 あなたのお手元に届くまでに中身への侵害から保護するため、このビニール袋に入れさせていただきました。 チリ郵便局(以上原文の直訳)」というメモがついてちゃんときれいにビニール袋に入れられて届いた。 こんなきめ細やかなサービスびっくり!。これなら郵便屋のおっちゃんに毎月1,000ペソはらってもいいな (郵便事情その1参照)、と思った瞬間だった。今や急上昇株のチリ郵便局だ。


★チリの郵便事情その2 (97年1月2日書き込み)
 驚くべき事実が判明した。日本からの国際郵便については、なんと4日で我家に到着するのだ。 時差があるので正確には4日半なのだが。具体例をあげると、府中郵便局消印の絵葉書・ 封書共に4日後に我が家のアパートの郵便受けに入っていた。名古屋市内からのものはもうちょっと遅くて、 それでも6日後だった。一方でアメリカからのクリスマスカードが10日かかったりして (多分これはクリスマスのせいでアメリカ国内で空港にいくまでにもたついたのだろう)、 不思議だ。日本からならへたするとDHLやOCSより速かったりして。

 それではチリから出した郵便はどれくらいかかるのだろうか? とりあえず一例のみはっきりしたのでは、兵庫県明石市に5日(時差込み)で着いたというのがある。 今後もこちらから手紙などを出す度に追跡調査してみようと思う。


★チリの郵便事情その1 (97年1月1日)
 アパートの郵便受けに変な請求書が入っていた。差出人は郵便局だった。聞くと、 チリでは郵便配達料を払わなければいけないのだそうだ。郵便屋さんに、1通につき25ペソか、 もしくは定額月あたり1,000ペソ払わなければいけないという。 これって高いんだか安いんだか良く分からないまま、毎月1,000ペソを払っている。


★チリのクリスマス(96年12月27日)
 アメリカやヨーロッパと比べて、別段変わった事も無く、 日本のように一流レストランがカップルでいっぱいになるわけでもなく、 はたまたベイエリアのホテルが満室になるわけでもありませんでした。

 24日は会社はほとんど半どん、夜8時か9時の近所の教会でのミサに参列した後は、 家族団欒で夕食を食べプレゼントの交換をし、寝る翌日は法定休日で皆朝寝坊。のんびりと家で過ごす。 とまあ絵に描いたような健全たる姿がチリのごく普通のクリスマスの過ごし方です。

 25日はほとんどの会社、商店がお休み。丁度日本の元旦のように道路は終日がらがらでした。 多くの会社ではそれに先立って、10日から23日の間に、従業員同士のプレゼント交換会や、 忘年会(食事会や、ディスコに大挙して繰り出す、というのが多いようです)が行われます。 その後はまた普段と変わりのない生活が始まり、元旦だけが法定休日で1月2日からはいつもと同じ毎日が始まります。

 …と、ここまではヨーロッパやアメリカと似ていますが、チリ人は新年が明けるともう心はここにあらず。 1月、2月はサマーバケーションの季節なんです。ほとんどの従業員がこの2ヶ月に2週間から3週間くらいの長〜い休暇を取るんです。 もともと商いの薄い時期なんですが、お互いの会社で担当者不在により仕事はストップという、 今からゾッとするような話です。筆者夫は12月25日から1月1日に休みをとったので、 1、2月はもちろん休みなし。不在担当者の後始末が多分待っていることでしょう。え〜ん。







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