教員紹介

 授業では経済学の発展の足取りを通史的に論じ、現代理論へとつなげることを目標としています。「分かりやすく、面白く、それでいてためになる講義」をモットーに、少しずつでも講義のノウハウを磨いていきたいと思っています。
 

研究の概要

1. 研究分野および研究テーマ

専門分野   経済学史
所属学会   経済学史学会,進化経済学会,日本経済学会,日本経済政策学会
研究テーマ  1.アルフレッド・マーシャルとケンブリッジ学派
          2.有機的成長と市場の変容
 アルフレッド・マーシャルを創始者とする英国ケンブリッジ学派に関する研究を主とする。現在までは、ケインズ及びマーシャル研究に従事してきた。研究の視点を、経済的発展と人間進歩の相互作用に置いている。歴史研究を通して明らかなことは、市場型経済こそ自由を実現する最善の経済だとする単純な市場経済礼賛論は真でなく、発展段階に応じて適切な公的ないし制度的枠組が必要だということである。この知見は、地域発展を促す条件整備の方策を考えるにあたっても有効に適用できるはずであり、今後の課題として研究を進めたいと考えている。

2.主要な研究業績

2-1.著書(分担執筆)
 ①「プルートロジーとしてのマーシャル経済学-組織・知識との関連で-」(深貝・平井編『市場社会の検証-スミスからケインズまで-』ミネルヴァ書房,第7章,1993)
 ②「マーシャルとピグー:経済学の危機と経済の危機」(西沢・服部・栗田編『経済政策思想史』有斐閣,第8章,1999)
 
2-2.論文
 ①「マーシャルのスタティカル・メソードと『正常利子率』概念」,『一橋論叢』第94巻第4号,634-550頁,1985
 ②「ケンブリッジ利子論論争の背景-利子論におけるマーシャル的系譜とヴィクセル的系譜」,『一橋論叢』第95巻第5号,695-713頁,1986
 ③「『一般理論』への移行過程からみた流動性選好理論の地位」,『一橋論叢』第96巻第5号,582-600頁,1986
 ④「不確実性と『一般理論』のモデル構造」,『商経論叢』(九州産業大学)第28巻第1号,131-151頁 ,1987
 ⑤「マーシャル的伝統とケインズ『一般理論』-ヴィジョンと思考道具の親和性の観点から-」,『商経論叢』(九州産業大学)第29巻第2号,135-160頁,1988
 ⑥「マーシャル経済学における『組織』・『企業者』」,『商経論叢』(九州産業大学), 第30巻第2号,105-123頁,1989
 ⑦「マーシャルにおける組織と分配-自由資本概念をめぐって-」,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)第31号,58-66頁,1993
 ⑧「『一般理論』形成史研究の現在」,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)第32号,121-126頁,1994
 ⑨「経済学の制度化とマーシャル評価ー研究計画の競合と選択ー」,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)第33号, 79-89頁,1995
  ⑩「マーシャル経済学の経済主体-改善行為と「埋め込まれた習慣」-」,『教育学部紀要』(島根大学教育学部)第29巻,9-16頁,1995
  ⑪「マーシャル『産業と商業』の動態論-「標準化」による組織化の進展-」,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)第34号,77~88頁,1996
  ⑫「マーシャル・ピグー・費用論争-組織の解体と市場の完全化-」,『青山経済論集』第49巻第4号,1~20頁,1998
  ⑬「マーシャル・ヴェブレン・シュンペーター-定型の多様性と自発的学習の観点からの比較-」,『青山経済論集』第50巻第4号,5~20頁,1999
  ⑭「マーシャルからフリードマンへ-進化論的経済理解と方法論-」,『青山経済論集』第51巻第1・2・3合併号,43~59頁,1999
  ⑮「ナイトにおける経済学の倫理性と科学性」,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)第38号,134~145頁,2000
  ⑯「不確実性論におけるナイト的系譜とケインズ的系譜」,『青山経済論集』第53巻, 第4号,2001(研究ノートとして発表)

2-3.翻訳
Alfred Marshall and the Development of Monetary Economics,橋本昭一監訳『マーシャル経済学の体系』,ミネルヴァ書房、第3章所収,1997

2-4.書
①「平井俊顕著『ケインズ研究 -『貨幣論』から『一般理論』へ-」,『社会科学年報』(専修大学社会科学研究所),1989年3月,23号
②「橋本昭一編著『マーシャル経済学』」(英文),1993年5月,Diparmento di Scienze(Firenze,Italy),Mashall studies bulletin,vol.3
③西岡幹夫『マーシャル研究』,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)第36号,150-1頁
④L,Robbins,Lectures on Economic Thought,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)第37号

2-5.文献紹介
 ①Clarke,P. The Keynesian Revolution in the Making:1924-1936(Clarendon Press Oxford, 1989,ix-348p),1990年10月,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)28号
②Bateman,B.W. and J.B.Davis(eds.), Keynes and Philososphy: Essays on the Origin of Keynes's Thought, Edward Elgar, 1991,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)30号,1992年10月
③Colander,D.C. and Harry Landreth(eds.),The Coming of Keynesianism to America,1997年10月,『経済学史学会年報』(経済学史学会編)35号

 

三つの顔

 このホームページ作成を大いに手伝ってくれた現4年のゼミ生木村研君から、ある時、次のように言われた。
 「先生は、講義の時とゼミの時とでは印象がものすごく違う。さらに、講義の時と飲み会の時とを比べると信じられないくらいに印象が違う。」
(講義)
 木村君によれば、講義の時の私はあまりに「固い」そうである。雑談や冗談をうまく交えたりできない堅さと、講義内容それ自体の堅さとがない交ぜになって、学生には「固すぎる講義」というイメージが強いそうである。言い訳すれば、人前での弁舌能力は、訓練次第のところもあるが、天性による部分がかなり大きい。講義をやり始めてから十数年が経過し、慣れてきたとはいうものの、弁舌の天性に恵まれなかった私にとって未だに毎回の講義は冷や汗ものである。この堅さは、経験を重ねながら徐々にほぐしていくしかないようである。
(ゼミ)
 講義に比べれば、ゼミは気分的には圧倒的に楽な時間である。その理由の大半は、数の問題である。講義の時に相手にする人数が百数十人(時に三百人)であるのに対して、ゼミであれば十人前後。大人数相手では、誰に話しかけているのか分からないまま言葉を発することになり、手探り状態のまま時間が過ぎる。少人数であれば、相手の気持ちと理解度を測りながら話しかけることができるし、反応を確かめた上で、話題を選択することもできる。もとより、ゼミとはこのような効果を期待して設けられているのだから、講義よりもゼミの方が楽しみだという気持ちは、私一人の好みといったものではなく、多くの教員に共有されているはずである。
(アフター・ゼミ)
 何より楽しみなのは、ゼミ生との飲み会である。ゼミの時間は、どんなにアット・ホームな雰囲気が作り出せたとしても、話題は経済学を離れることはない。教えるべきこと、学ぶべきことがあり、その枠内でゼミは成り立っている。教えることの楽しさ、学ぶことの楽しさは無論あるのだが、縦横に話題を変えながら会話を楽しむわけにはいかない。ゼミ生との飲み会は、そのような話題の制約さえもない自由な会話の時間である。彼らが社会をどんな風に眺めているのか、何に興味を持ち、どんな将来を描いているのか…。おそらく人生の中でもっとも多感な時期にある学生たちと会話することで、私が得ているものは「役得」と表現できるくらいに多い。何より、書籍、雑誌、新聞などの活字メディアからだけでは得ることのできない生活実感に触れることは、私にとってこの上ない良好な刺激である。多感な若者は経済社会の変化をもっとも敏感に察知しており、彼らとの会話を通して私は「今の経済社会の有りよう」の一端を知ることができる。「経済と社会」とか「経済学と社会」といった関心を研究動機とする私にとって、彼らとの接触は研究を進めるにあたっての刺激と素材を与えてもらえる貴重な機会である。
 

教育と研究

 なんとも陳腐で構えたタイトルだ。「教育と研究」なるフレーズは、大学では十年一日の如く繰り返される。建前(あるいは、理想)としては、教育と研究は車の両輪の如く補完関係にあるのが望ましい。ところが実際には、一方に偏れば他方が犠牲になるという代替関係にあるようにも見える。本当のところは、どうなのだろう。大抵の議論について言えることなのだが、議論の前提条件を明確にしないために無用な意見の対立が生み出されている。「教育と研究」は、補完関係にあるのか、それとも代替関係にあるのかと二者択一を迫る問題設定は、既にこの時点で誤っている。「これこれの条件のもとでは」という前提条件を示すことなしに、一般論として「正しい結論」を導くことは不可能である。マーシャリアンとしての私のお得意のフレーズを用いるならば、「人為にかかわる言明は、すべて時空限定的である。」
 かつて教育学部に所属していた頃には、「いい先生とは?」とか「いい教育とは?」と考えさせられる機会が豊富にあった。そんなこと教育学部に所属しなくたって分かりそうなことだと言われそうだが、発達段階に応じてその答は異なる。「学び方を教える、あるいは基礎的な事柄を教える初等教育」と「自律的な学習能力・努力を前提とした高等教育」とでは、教員に求められる資質も能力も大きく異なる。脱線気味に自分の昔話を披露すれば、かつて私は高校教員を目指したことがある。実際に教育実習までこなし、高校英語の教員資格を得た。同時にこの経験を通して私が得たもう一つのものは、「どうも自分は高校教員には向いていないようだ。」との感触である。小難しい理屈に傾きがちな私のしゃべり方は、高校生には「難しすぎて、面白くない」らしかった。大学院への転向は、その後しばらくしてからのことである。
 このあたりが、当初から研究者を志して大学院を志望する多数派と私の感覚がずれる所以だろう。現行のシステムでは、まず研究者としての能力を示さないことには、大学に就職することはかなわないから、就職するまでは、もっぱら研究することだけで毎日が過ぎる。首尾よく就職したあとに、(それまで、そのための準備をしたこともない)教育という仕事に直面することになる。教育という仕事を遂行するための準備なしにいきなり教育する羽目になるわけだから、考えてみれば、かなり無謀な話だ。教育と研究のどこがどう違うかと言うとき、主たる違いの一つは「相手に合わせて話す努力が必要とされる度合い」ではないだろうか。研究者が研究者の卵(=大学院生)を相手にするときには、研究しているプロセスをそのまま披露することが同時に教育であり得る。しかし、同じことは学部教育には当てはまらない。専門用語の意味から、その使い方にいたるまで、説明する必要がある。その際、何をどこまで説明すべきかの判断がきわめて重要であり、そこには「職人芸」が成立し得るほどの困難さを見いだしうる。教育学部では、教えるためのノウハウが「研究」の対象になっていることに当初は当惑したが、時間が経つにつれて、教えること・学ぶことの難しさに気づかされた。
 とはいうものの、僅かに六年の在籍だけでは教育の困難さとそれを克服するための技術が必要だとの認識を得るにとどまり、教育の技術を身につけられたわけではない。残念ながら、「学部生レベルの教育を行うにあたって、必要とされる専門知識と教育技術はどうあるべきか」に関する答はまだ手にしていない