1979年1月16日、イランのパフラヴィー朝が倒れ、追放されていたホメイニ師の帰還により、イラン・イスラーム革命が成りました。
ホメイニ師はイスラームによって世界を救おうと考え、親自由主義の前政権とはまったく路線を変え、まずイスラエルとの関係を断絶。イスラエル大使館員に即時退去を命じました。
そして、11月には市民がアメリカ大使館を占拠し、政府はこれを黙認。これにより、アメリカも国交を断絶しました。ちなみに、前イランはアメリカから兵器を購入していたので、保守部品が手に入らなくなりました。これは後に大変な事になるのです。
そしてホメイニ師は、自由主義で世は救えないと考えたのでしょう。イスラームに乗っ取って国家を運営するとともに、世界のイスラームに向けてたちあがれ!と言ったのです。
つまり、革命により現体制を打倒し、イスラームによる国家を作るのだと世界に向けて発信しました。そして、イスラームによる運動に対して援助を惜しまなかったのです。
この結果、イラン・イスラーム共和国はイスラームの盟主のようになっていったのです。それと同時に、東西冷戦のいずれにも属さない第三勢力になりました。しかも、両者をまったく恐れない。 |