ジョナサン・ポラード Jonathan Pollard
アメリカの情報をイスラエルに流したとして、1985年夫人と共にFBIに逮捕されました。イスラエルはすぐさま、”イスラエルはアメリカをスパイしたりしません。それがイスラエルの方針です。”と前置きし、謝罪しました。
イスラエル政府はこのスパイ活動に関与を否定しましたが、アメリカと合同で調査を行いました。その結果、軍情報部やモサドによる(政府が認知している)情報活動によるものではないことが分かりました。つまり、現場の判断でポラードが雇われたという結論に達したのでした。
ポラードはアメリカに反逆する意図によりスパイを行ったわけではないと証言し、盗んだ情報も”アメリカの機密”というよりは、アメリカが持っている”イスラエルに危害を加える可能性ある国の情報”であったということです。しかし、ポラードは裁判の結果、終身刑に処せられました。これはアメリカに捕まったソ連のスパイより重い処分でした。
イスラエルはポラードの件に対して、彼が流した情報の書類などの返還と、彼を雇った現場の責任者に対する厳罰およびその情報収集部隊の解散をアメリカに約束しました。
1998年、ベンジャミン・ネタニヤフ首相がポラードはイスラエルに貢献したとして、市民権を与えたと発表しました。そして、彼の釈放の意を含む慈悲をアメリカに申し入れたのでした。しかし、アメリカは断固として聞き入れようとしませんでした。 |