「痛くしないで」
とリーは泣き叫ぶが、看護婦は言う。
「痛くするつもりはないのよ。ピーピーしないといけないの」
看護婦がカテーテルをつけると、リサ・アーノルド――哀しみを背負ったけなげな女――は、その娘の誕生についての話をしてくれた。
「お医者さんは『えーと、背中にちょっと問題があるね』って言ったんです。それから、私に娘をしばらく抱かせて、それから集中治療室に連れていったんです」
リーには脊柱の水腫、つまり麻痺や脳水腫を起こす背骨の裂け目があった。そして、3本の脊椎の除去手術が必要だった。
「お医者さんたちは、もしリーがあと36時間生きていられたら、かなり生き残ることができるだろう、と言っていました。その36時間は……何というか筆舌に尽くしがたいものでした」
3年後、リーは育って、母親と同じ赤毛だが、中世の殉教者のように苦悩する顔になった。リーは脚を動かしたり転がったりできない。脳から液体があふれ出してしまうのだ。
「毎晩、リーは歩きたいと言うんですよ」
と、物腰の柔らかな元海兵隊員リチャード・アーノルドが言う。
リチャードは、戦争に行く前に、二人の健康な子供をもうけており、湾岸ではロッキードの仕事をしていた。しかし、かれは砂漠で部隊とともにごろ寝していた――そしてそれはある種の非常に危険な物質を飲み込んだり、吸い込んだり、さもなくば吸収していたということを意味する。
会計検査院の1991年の報告書によると、アメリカ人兵士は21種の潜在的「生殖毒物」、つまり、そのいずれもが将来の兵士の子供たちにも影響を及ぼしかねない毒物にさらされていたという。かれらは砂地に降りるためにディーゼル燃料を使用した。燃える石油の壁から流れてきた煙の中を行軍した。殺虫剤を自分の体に振りかけた。有毒な神経ガス除去剤、エチレングリコールモノメチルエチルを扱った。劣化ウラン(DU)弾を砲撃した(囲み1参照)。その他の奇形因子――先天的な欠陥を起こす物質――も存在したかもしれない。一つの可能性として、砂漠の風がイラクの毒ガスを少し運んできたかもしれない(囲み2参照)。
湾岸復員兵を診察した医師のなかには、化学的汚染物質の全体的な過負荷に苦しめられている可能性――そして軍人たちの体液が有毒なものになっていること――を信じている者もいる(実際、多くの復員兵の妻が病気になっている。中には、夫の精液で肌が水膨れになると訴える人もいる)。「それは有毒な環境だったのです」と、アラバマ州タスキーギにある復員軍人局医学センター職員のチャールズ・ジャクソン医師は述べる。他の医師たちは、化学物質や放射線が先天的な障害を生み出した可能性には同意するものの、復員兵たちの病気は細菌――おそらくは、未知のイラク生物戦の病原菌か、砂バエによって運ばれる病気、レイシュマニアシスか何かが原因だと考えている。
政府の科学者は一般的に、これらの理論を割り引いて考える。「冷厳たる事実」は単純にそこになかった、と、ペルシャ湾服役軍人調整委員会のロバート・ロズウェル博士は言う。しかし、博士の意見を尊重しても一つの仮説が導かれる。「臭化ピリドスティグミンと殺虫剤の組み合わせについては、さらなる研究の価値がある唯一の議論である」
臭化ピリドスティグミン(PB)は、ふつう、変性神経病ミアステニア・グラヴィスの患者に処方される薬である。しかし、動物実験では、PBで予防すると神経ガス・ソマンからの防御にいくぶん役立つという可能性が示されていた。このため、米軍は湾岸戦争に参加したほとんどのアメリカ人にこの薬物を与えていたのである。たとえばダレル・クラークは服用したし、今、慢性の複合症で苦しんでいるリチャード・アーノルドもおそらく服用しただろう。「私は第一機甲部隊が摂るものはすべて摂りました」
国防省はPBを摂取する機会が多かっただろう。初期の小規模で安全な試みのときには、空軍パイロットが深刻な副作用を報告している。それは呼吸、視界、スタミナ、短期的な記憶に障害があるというものである(湾岸戦争中に多くの兵士がこのような徴候を経験した)。さらに、PBは数種の神経ガスの影響をさらに悪化させるものとして警告されていたほどなのだ(囲み3参照)。それにもかかわらず、戦争が迫っていたため、国防総省は食品医薬品局(FDA)に、被験者の「インフォームド・コンセント」なしに新しい目的のための薬物試験することを禁止しないよう説得した。FDA副委員メアリー・ペンダーガストはその圧力に対して反対した。「あなた方の部隊の人たちは、自分たちの健康を守る手段を選ぶための意志表示ができなくなってしまうのですよ」
PBが永続的な問題を起こしたとすれば、その原因は殺虫剤との相互作用によるものかもしれない。1993年、米国農務省の科学者ジェームス・モスは、ゴキブリが湾岸でも使われた一般的な防虫剤DEETとともにPBにさらされたときに、この双方の化学物質の毒性が増幅することを発見した。モスは、中止命令に逆らって研究を続けたという。契約が満了した昨年、契約は更新されず、モスは反対投票されたのだと主張している(米国農務省書記官ダン・グリックマンは、モスの「一時的なものだった契約は終わったし、モスもそれを知っていた」と述べた)。モスの研究以降の二つ研究――一つは国防総省自らによるもの、もう一つはデューク大学によるもの――では、別の化学的混合物、つまりPB、DEETと殺虫剤パーメスリンの混合物にさらされたネズミとニワトリにも、神経障害が発見されている。しかし、パーメスリンはおそらく、湾岸の米兵の5パーセント以下にしか使われていなかった。
国防総省当局は、いかなるPB-DEET混合物も、湾岸戦争の男性復員兵の子供たちに先天的障害を引き起こしえないと断定した。「ある男性が化学物質にさらされたかもしれないとか、それから2年後に精液に障害がでるだとかいうようには、私は認識していない」と、健康問題に関して弁護する次官補ステファン・ジョセフ博士は述べる。しかし、マスタード・ガスのような化学物質のなかには、さらに長い期間にわたって精液生成能力への作用を示してきたものもある。明らかに、PBと防虫スプレーの混合物が同じように作用するかどうかをはっきりさせるために、さらなる研究が必要だ。
ジェイスは非常に頭がいい。 マシュマロを自分で食べる こともできるし(写真上)、 フロアをすばやく横切る こともできる。 しかし、義足で歩けるように なる(写真右端)のは、 腕でバランスを取れないので ずいぶん難しかった。 ジェイスの母コニー (写真右)は、 服のコーディネーションの 助けになるよう、 鏡を持っている。 信心深いクリスチャンとして、 コニーは家族の悩みに 淡々と向かい合っている。 「神が私たちに与えたものは 受け入れます。そして、 最善を尽くすつもりです」 |