親分の毎日

過去の日記: Nov & Dec 2003 Sep & Oct 2003 Jul & Aug 2003
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2/29/04

今日も私一人お休みの日。キヨシ君は仕事なのだが、準夜勤務なので午後2時ぐらいまでは家にいられるのだ。ちょうどお昼ぐらいに起きて、ふたりでイニューの散歩にでかけ(最近日中はマイナス7℃前後と、だいぶ暖かくなってきたので億劫がらずに外に出られるようになり、ちょっと早めに起きて一緒にイニューの散歩にいくのが日課になりつつある。)、帰ってきてから昼食にBLT(ベーコン、レタス、トマト)サンドを作って食べた。BLTだけじゃなくチーズも挟んだけど。カリカリのベーコン、大好きなんだよねぇ〜・・・。私が。(笑)

ベーコンは弱火でじわじわと時間をかけて焼くと、油がいっぱい出てきて縮んでカリカリになる。残った油はイニューのドッグフードにかける為にとっておく。なぜならベーコンの油がイヌの毛の生え変わりを助け、毛をつやつやにする、と聞いたから。そんなことしなくても充分つやつやしてるんだけど、それはもともとの毛並みがいいからなのかただ単にお風呂に入ってないからなのかは不明。(笑)


2/28/04

今日はひとりぼっちのお休みの日。いつものようにコインランドリ−で洗濯機、乾燥機をまわしてる間にとなりのコーヒーショップで本(永井泰宇の「刑法第三十九条」。まだ途中だけど、かなり面白い!)を読んでいたら携帯が鳴る。仕事場からかけてきたキヨシ君かな、と思って出ると病院のナーシングスーパーバイザーで、「今日仕事にでてこれない?人手が足りないの。」とのこと。なんだか休みの日には必ずといっていいほどかかってくるこの”呼び出し”。いつもの様に一度は断って電話を切ったのだが、「ま、4時間だけなら働いてもいっか。もうすぐ洗濯も終わるし。」という気になり折り返し電話をして夜7時から助っ人として出勤することに。

うちの病院にはコール・イン(休みの日に呼び出されること)で働くと時給の1.5倍が給与される、という決まりがある。しかも今日は土曜日。もともと時給がいい曜日の1.5倍だったので4時間働いただけでも結構なお金になるのでちょっと得した気分だ。(笑)


2/24/04

久々の貴重なふたり一緒の休みの日。買い物に出かけたついでに最近できた新しいレストランで夕飯を済まそうということに。前から気になっていたそのレストランとは、その名も”ICHIBAN NOODLE”。「一番」ヌードルというからには、これはもしかしてフェアバンクス初の日本人が始めたラーメン屋なのか???(そうであってほしい!)とふたりとも大きな期待を胸に店内に入ってみると、カウンター席の上には「一番」と漢字で書いてある布切れが何枚も何枚もぶら下がっている。怪しい。案の定出てきた店員さん達はみんな日本人ではなかった。

どうやらオーナーは韓国人らしく、メニューも「チキン・テリヤキ」や「ウドン」などの日本料理は少しであとはだいたい韓国料理らしかった。しかも「ラーメン」がない!!!なんと「ヌードル」はうどんのことを指していたらしい・・・そしてそのうどん。$8.95もするではないか。ただのうどんを食べるのに日本円で1000円も払うとは何ともばかばかしいので、せっかく韓国人オーナーがやっている店なのだから下手に日本料理を頼むより韓国料理を頼んだほうがはずれがなさそうだ、とサム・ゲ・タン(でいいのかしら?あの丸々1羽の雛鳥が入ったスープ。)とプルコギを頼むことにした。プルコギはまぁまぁだったけどサム・ゲ・タンはかなりうまかった。たくさんのにんにくやあやしい根っこのようなものから出たエキスがいっぱいのスープの中には、めっちゃ柔らかい雛鳥。その中に詰められていたご飯や見たこともない小さなプラムのようなものも美味しかった。

ラーメン屋さんじゃなくてがっかりしたけど、スープが美味しかったから良かったね、とふたりで満足して帰ってきたのだが、それにしてもなんでお店の名前を"ICHIBAN NOODLE"にしたのかがいまいち納得できない私達なのであった。


2/22/04

大好きだった患者さんが急変してぽっくり亡くなってしまいました。糖尿病で入退院を繰り返していた小さなかわいいおばあちゃんで、長いこと仲良くしていたのですが、今回風邪をこじらせてあっけなく逝ってしまったのです。深夜勤務への引継ぎが終わって帰宅する前に「あしたの午後にまた仕事にでてくるからそれまでには良くなっといてよ!また一緒に病棟中を散歩して回るんだから。」と冗談めかして言った私に「はい、はい。明日までにはきっと良くなってるよ。」って言ってたのに・・・。あれが最期の会話になってしまうとは。看護の仕事は好きだけど、大好きな患者さんに亡くなられるほどがっくりくることはありません。


2/19/04

仕事をしているときは必ず顔写真つきの名札をつけなければならない、という決まりがある。その名札にはフルネームと職種が書かれているのだが、私の名札をじーっと見つめた後にかなり不思議そうな顔をしながら、「ちょっと失礼ですけど、あなた、何人?どこから来たの?」と聞いてくる患者さんがたくさんいる。(笑)ファーストネームはもちろんアジア系の名前だという検討はつくらしいのだが、ラストネームでかなり混乱させられてしまうらしい。というのも、結婚してから利用しているキヨシ君のラストネーム(こちらでは結婚しても姓を変えない人が結構多いのだが、やっぱり私はキヨシ君と一緒の姓になりたかったので変え、旧姓はミドル・ネームとして残した。)はドイツから来ており、アメリカ人にもどうやって発音していいかまったく予想もつかない、という困ったラストネームなのだ。スペルを見ただけで正しい発音をしてくれたアメリカ人に出会ったことが一度もないぐらいだ。(もちろんキヨシ君と彼の家族を除いて、だけど。)正直私もうまく発音できているのかどうかいまだに怪しいところ。(爆)

その度に「えーっと、私は日本人ですが私のラスト・ネームはドイツから来ています。旦那はアメリカ人なんですけど祖父母がドイツからの移民だそうで・・・。」と説明するのだが、そんなフルネームは多分世界中を捜してもあなた1人か、多くても数人しかいないだろうね、とこの間ある患者さんにいわれて「それもそうだな。」と妙に納得した。そう思うとなんだか自分の名前がちょっと特別なような気がしてうれしくないこともない。(笑)


2/16/04

金城一紀の”GO”を読んだ。日本で生まれ育った「在日」と呼ばれる男の子を主人公にした恋愛小説だ。なんというか、この男の子の視点で語られる本音は時に笑いや共感をさそうのだが、とにかく、一言でいうと、重かった。(何、買ってきたの?と本屋の紙袋の中を覗いた父親が、この本を見つけて一言、”あー、これはね、重いよ、すごく。”と言っていたことを思い出した。)住井すゑの、部落差別をテーマにした"橋のない川”以来の衝撃だったというか・・・。

日本という海に囲まれた閉鎖的な社会で生まれ育ってきた自分だが、「在日韓国人」や「在日朝鮮人」についてこれほど知らないことがあったのかというだけでかなりショックだったし、知らないということは恐ろしいことだとも思った。どうしようもなく暗い気持ちになるテーマの中にも、ものすごくカッコイイ人物がたくさん出てくる。主人公の高校生はもちろんのこと、そのおとうちゃんの生き方がしびれるほどにカッコイイ。(笑)こういう人達をさして、「朝鮮人や韓国人は血が汚い」と差別する日本人の無知と心を、私はものすごく恥ずかしく思う。

日本で大量に買ってきた文庫本のなかでも、これは一押しだ。まだ読まれていない方がいたら、是非手にとってみてください。いや〜、映画化もされたみたいだけどちょっとみてみたい気もするな〜。


2/15/04

昨日はバレンタインデー。こちらのバレンタインデーは「大切な人に何か(カード、お花、お菓子、などなど)を贈る日、または好きな人と出かけたり食事をしたりする日。」という感じなので日本のように女だけがデパートのチョコ売り場で大騒ぎするようなこともない。子供達も学校で友達とお菓子やカードをを交換しあったりするらしいし、私がカード売り場でキヨシ君にあげるカードを選んでいる時にも、その売り場には奥さんにあげる(であろう)カードを真剣に選ぶオジ様達がいっぱい。ちょっと恥ずかしそうに、でも真剣にカードやお花を選んでいるそのオジ様達を見ていると、なんだか暖かい気持ちになってしまう。

さて、私達のバレンタインデーはといえば、私はせっかくお休みだったのにキヨシ君は仕事だったので一緒に食事に行くこともできず。でも仕事前にプレゼントを交換しあい、(私からは「口を開けるとグエッと鳴きながら赤いライトがつく蛙のキーホルダー」、キヨシ君からは私の大好きなオレンジ味のチョコ)夜中に仕事から帰るキヨシ君の為に腕を振るって(とはいってもたかが知れてる。笑。)夕飯を作り、キャンドルやテーブルクロスでちょっと飾り付けをした。マーサ・スチュアートじゃないんだから。(爆)キヨシ君、帰ってきてちょっとびっくりしながらも喜んでくれたようだったので私もうれしかった。ささやかだけど素敵な私達のバレンタインデーでした。


2/13/04

うちの病院の外科病棟の看護婦さん達が、あの例の嘔吐下痢を引き起こすウィルスにやられまくっていると今日聞いた。「それでなくても人手不足なのに。困った、困った。」と眉間にしわをよせているナーシング・スーパーバイザーの顔をうかがいつつ、あ、あれはやっぱりウィルスだったのか、と納得。そんな私はすでにそのウィルス性の胃腸炎からも復活し、元気に仕事に励んでおります。

こっちの看護の中でいいな、と思うことの一つに、1:1看護、というものがある。重症の痴呆症や、深刻なせん妄などで少しでも目が離せない患者さんに対して使われる看護体制で、医師から1:1看護の指示がでることもあれば、看護婦の判断で1:1看護を始めることもある。とにかく、これが適応されるとその患者さんには文字通り24時間1人のスタッフがつきっきりで、室内で転倒したり、点滴を抜いたり、徘徊したりしないように看護するのだ。日本ではこういう状況では患者さんを抑制してしまうことが多い現状を考えると、やはりアメリカ、患者さんの人権の保護という面ではだいぶ進んでいるように思う。

話がそれてしまったが。今日は私はその1:1看護を担当してきたのだ。脳腫瘍で思考がめちゃくちゃになってしまったCさん。気に入らないことがあると、急に怒鳴りだしたり暴力を振るおうとしたりする。床におしっこをしたり、食べ物を投げつけたりすることもしばしば。腫瘍のせいで視力もほとんどないのに1人でよろよろあちこち徘徊して転んだりするので目が離せない。しかしなぜか私はこの患者さんに妙に気に入られており、Cさんは私の声を聞くたびに私の名前を大声で呼んで満面の笑みで抱きついてくるのだ。(笑)今日も手をつないで一緒に病室からナースステーションまで散歩に行ったり、ご飯を一緒に食べたりしていたら、同僚の看護婦に「あらー、今日もお熱いのね。」と冷やかされてしまった。(笑)

Cさんはどうやら、時々私が彼に長年より添った奥さんだと錯覚するらしく、今日も私が読んでいた雑誌の特集を見せながら「Cさん、見てよ、ハワイだって。きれいだなぁ〜。ハワイ、一回行ってみたいなぁ〜。」と何気なく言ったのに、真剣な顔つきで「親分、来月、1ヶ月休みを取りなさい。行こう、ハワイに。」だって・・・。私が思わず吹きだしたら、ちょっと怒った様子で「冗談じゃないぞ。おまえにはいつも感謝してるんだ。ハワイぐらい、つれてってやる。」と言うではありませんか。なんだかじーんと胸が熱くなってしまった。もうすぐホスピスに行ってしまうCさん。穏やかな最後を迎えてほしいものです。


2/8/04

キヨシ君の体調がようやく戻ったその夜から、今度は私が同じ症状でダウン。いや〜、つらかった。一晩中続いた頭痛、嘔気、嘔吐に続いて2日目の発熱、悪寒、関節の痛み・・・。仕事を2日間も休んでしまった。これはやっぱりpiyoさんが言っていたウィルス性胃腸炎だったんだろうか・・・。日本にいたらかかりつけのお医者さんにちょっと診てもらうところだけど、よっぽどのことじゃなければ誰も医者にかからないこちらではクリニックに行くのも気がひけて、おとなしくうちで寝てました。


2/5/04

日本から帰って来てからというもの、日本で買いだめしてきた文庫本を布団の中で眠くなるまで読む、というのが幸せなひとときになっている今日この頃。この間、そんな幸せなひととき(笑)中に、急に小をもよおしてしまった私。ロフトの上から、一階でパソコンを叩いているキヨシ君に向かって「たかがおしっこの為にこんなほかほかの布団の中からでて、ブーツを履いて外便所に行くなんてイヤ!一歩も動きたくない!」とだだをこねていたら、彼は黙って靴を履き、ロフトに上がってきて布団の中から私を引きずり出し、おんぶして外便所まで連れて行ってくれた。いやー、ほんとにつれてってくれるとは。(笑)

そんな心やさしいキヨシ君(笑)も、なんととうとう昨日からダウン。昨晩、仕事から帰ってきてからというもの一晩中下痢と嘔吐に悩まされ、今日は仕事を休ませてもらって休養中。今朝の6時ごろまでそんな調子だったので、その後2人ぐったりしながら布団に横になり、爆睡して起きてみたらなんと夕方の4時だった。私は元々今日はお休みだったので良かったけどさ〜・・・。はやく良くなってほしいものです。


1/31/04

日本への旅の様子をご報告します。

1/13
フェアバンクスの自宅を出てからおよそ30時間以上かけ、ようやく宮城の実家に到着。地元、岩沼の駅のホームに降り立った時には、腕をちぎれんばかりに振りながら改札口で顔をくしゃくしゃにしている両親を発見。親というのはありがたいものです・・・。うちの親に会ったら、まず「オヒサシブリデス」と日本語で言おうと張り切って電車のなかで練習していたキヨシ君。実際改札口でうちの親を見た途端、緊張してしまったためか「オモシロイデス」と言ってしまい、「え?なにが面白いの?旅が面白かったっていう意味?」と親を混乱させてしまう。

1/14
午後、妹が子供達(3歳女児、0歳男児)を連れてやってくる。2年前に初対面した当時、「わんわん」程度しか言葉を知らなかった姪っ子がぺらぺら日本語をしゃべっていて驚く。すでにキヨシ君の日本語能力を超えていた。姪っ子にはひげを引っ張られて口をパクパクさせられて遊ばれ、その後抱っこした甥ッ子にもその小さな手でヒゲを思いっきり引っ張られていたキヨシ君。子供や赤ちゃんの相手をしたことがないキヨシ君もさすがに子供達のかわいさにめろめろになっていた。

夕方、仕事から帰ってきた妹の旦那サンも交えて家族で夕飯を食べた後、地元、竹駒神社のどんと祭へ。裸参りも見られたし、お神酒や甘酒も飲めたし、出店でおもちゃを買ったりとうもろこしやお好み焼きも食べられたし、で、大満足のキヨシ君でした。

1/15
わけあって10年ほど会っていなかった祖母に会いに行く。さすがに年はとってはいたが、変わらない祖母にホッとする。「外人サンを連れてくるなんてなぁ〜。しかもそんな寒いところに住んでるなんてなぁ〜。」とびっくりしていた祖母も、「いい人に出会えて良かった。キヨシさんはホントにいい人だ。顔みればわかる!」と太鼓判を押してくれた。(笑)

1/16〜1/20
妹夫婦、その子供達、キヨシ君と共に太平洋フェリーで北海道の叔父叔母宅へ。子供の頃から自分の子供の様に扱ってくれた叔父叔母のことは、自分の北海道の親だと私も思っている。2年前、結婚前にキヨシ君を連れて挨拶に日本に帰った時にも、私達の為に「仮祝言」を中心になって企画、決行してくれたのがこの北海道の叔父叔母だった。

いとこも勢ぞろいし、その旦那サンお嫁サンも含めると総勢15人になる。2泊3日の滞在中には、恒例の(笑)餅つき、宴会、その他もろもろで盛りだくさん。夜は座敷に布団を並べてしいて雑魚寝。このうち従弟の1人が「コイバナ(恋の話)しよう〜!」とアホな提案をする。一晩目は誰も相手にされなかったこのあほないとこも、二晩目は仕方ないのでみんなでちょっと乗ってあげることに。いい年してなにやってるんだか・・・。お互いの夫婦のなれ初め話でキャーキャー騒ぐ。みんなで行った地元の温泉では、女チームがすでにお風呂からあがってマッサージ椅子の上でジュース片手に待っているというのに男チームがなかなか出てこない・・・。普通、逆だろ・・・。何をしていたのかと思えば、男同士、みんなでぎゃ−ぎゃ−騒ぎながら背中を流し合いっこしていたのだとか・・・。アホだ。しかし日本語がわからないキヨシ君をいつもの様に「俺達みんな家族だから」と暖かく迎え入れ、遊んでくれたみんなには本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。

たくさんの思い出と共に北海道を後に。しかしこの帰りのフェリーでは揺れの為に船酔いで大変な思いをすることに・・・。

今回の北海道への旅では前回ゆっくり一緒に過ごせなかった妹と一緒に旅行できたということ(子供の相手で忙しい彼女とはあんまりゆっくりと話は出来なかったが、その母親ぶりを見られて大満足)そしてその旦那さんの意外な一面を見れたということ(うちの妹に似合わずまじめなしっかりした人だ、と思いきっていたのに、アホなこと:例えばポッキーを手を使わずに口の中で2つに折って、それを鼻の穴に刺すという荒技など;もいろいろ出来る人だとわかった。爆。)という点でものすごくうれしかった。

1/21
実家に戻り、船酔いからもようやく復活した私。キヨシ君と母親と共に地元の動物園へ。(父親は仕事のためお留守番)なぜに動物園かというと、キヨシ君が大の動物好きなため。

1/22
今年は自分で家を建てたい!ついては、日本の伝統的な建築を見てみたい!と意気込んでいるキヨシ君の為に、両親がふるさと村と言うところに連れて行ってくれる。ここは東北6県を代表する萱葺き屋根の古い家がまとめて移築されているという場所。キヨシ君大喜び!しかしここ連日の暴飲暴食がたたって胃の調子が悪い私は今一つ楽しめなかった残念な一日だった。

1/23
私の高校時代からの親友、Qちゃんと会う。

1/24
アラスカ大学で共に学んだ東北大学の院生、R君とその奥さんCちゃん(私の結婚式ではブライズメイドもつとめてくれた)と仙台で久々の再会!「日本で会うのって、なんだか変な感じだねー」といいながら牛タン屋で牛タン定食を食べながら盛り上がる。久々に英語で会話できることもあり、キヨシ君もうれしそうだった。

1/25
このHPを通じて出会った友達、samiちゃんとその旦那さんと初対面。ざっくばらんに面白い話を次々にしてくれる素敵な旦那さん(ニュージーランド人なのです。)と、のんびりした独特の雰囲気を醸し出すsamiちゃん(地元が一緒なのだ。)、なんだか今回会うのがはじめての人達とはなかなか思えないのでした。普段は人見知りをして初対面の人の前ではおとなしいはずのキヨシ君も、samiちゃんの旦那さんとはばりばりしゃべっていてちょっと驚いてしまった。お互い国際結婚であることも手伝ってか、話に共感できる部分も多く、とっても楽しい午後になりました。

夜は妹夫婦、義弟(とはいっても年は上。笑。)のご両親と共に宮城での最後の夕飯。ちょっと天然な所がある面白くてお茶目なお父さんと、常にはきはきとしているがとてもやさしい元看護婦のお母さん。自分の長女がオランダにいることもあってか、うちの親の心配も誰よりもわかるのだろう。うちの父と義弟のお父さんはいつも一緒に飲む度に「やっぱり(長女に)会いたいですよねぇ〜。なーんであんな遠いところに行っちゃったんでしょうねぇ〜」とぼやいていて、うちの母と義弟のお母さんに「そんなこと言ったって行っちゃったものは仕方ないでしょ!」と諭されている、と妹から聞いたことがある。(笑)

義弟のお母さんに、「元気でいることが一番。遠いところでの生活でいろいろ大変でしょうけど頑張ってね。身体にだけは、気をつけてね。」と何度も言われた。とてもありがたく、心の中で「このお母さんはきっとオランダにいる自分の娘を私の中に見ているのかもしれないな。そしてうちの親が思っていることを、代わりに言ってくれているんだな。」と思った。

1/26
両親、妹夫婦、そして姪っ子、甥っ子に見送られ、実家の宮城を後にする。後日、今回の滞在で、一番面白かったことは?と聞かれたキヨシ君。「親分のお父さんと毎晩いろいろ話が出来たこと」と答えていた。うちの父親(陶芸家なのだ。)は英語がほとんど話せないし、キヨシ君だってちょっとした日本語の単語しか知らないくせに、この2人は本当に毎晩私の通訳なしでも色々語り合っていた。美術の話。生き方の話。一緒に「面白い形」のモデルを型紙で作りながら、あーでもない、こーでもないと2人茶の間でパジャマ姿で語りあう父親とキヨシ君を横目に、母親とコタツで横になってテレビを見たりいろいろ話をするのが私も楽しかった。

1/26〜1/28
新宿に二泊し、東京生活時代の友人達、恩師と会う。英語学校で出会った友人達。アラスカ大学留学をあきらめそうになった私を励ましてくれた英語学校の先生。東京のとある救命センターで同期として一緒に汗と涙をながした元同僚。彼女はその後インドネシアに海外青年協力隊として2年間派遣されており、その当時の話などを興味深く聞いた。みんな変わっておらず、しかしそれぞれの道で別々の生き方を選びながら、こうしていまだに付き合いが続いているということに感謝する。28日の成田発の飛行機でフェアバンクスへ。マイナス35℃の気温に「アラスカに帰ってきたんだなぁ〜」と実感する。

とまぁ、今回の日本への旅はこんな感じで盛りだくさんでした。キヨシ君も私も、思いっきり楽しんで来ました。お世話になったみなさん、本当にありがとう。また帰れるように、がんばって仕事します。


1/10/04

明日の夜のフライトでとうとう日本へ帰る予定なのだが・・・。うちの中は大変汚いことになっており、荷造りもまだ半分も終わっていないという状態。どうしていつもこうなってしまうのだろうか。今日はキヨシ君と2人で大学へ行って洗濯を済ませてきたのだが、その後はなんとなくぐったりしてしまって何もする気がおきない・・・。キヨシ君は風邪気味なのでこのまま寝せておくとして、私はなんとか茶碗洗いと掃除ぐらいは済ませないとなぁ〜。あ〜、誰か掃除してくんないかなぁ〜。茶碗洗いぐらいなら自分でするからさ。(笑)


1/8/04

今日は仕事が休みなので布団の中から「いってらっしゃ〜い」とキヨシ君を送り出した後、イニューと抱き合って二度寝。なんと起きたら正午を回っていた。のろのろと支度をして大学へシャワーを浴びに行く。その後あちこち回って日本の家族や親戚用のお土産を選んで帰ってきたら、とっくにキヨシ君が仕事から帰宅していた。ごめんなさい。

そろそろ旅支度始めないとな〜。


1/4/04

昨日映画館でトイレに行くのを長時間我慢したのが悪かったのか、今朝起きたらお腹が痛い・・・。膀胱炎ぎみです。っていうか、立派な膀胱炎です。(悲)「指輪物語」のせいで膀胱炎ですよ。笑えない。というわけで今日はどこにも出かけず、自宅でお茶をがぶ飲みしながら養生中。とほほ・・・。

日中は痛みをこらえつつ何度も何度も寒い中ブーツを履いて外便所に行かねばならず結構辛かったのだが、夕方になってだいぶ楽になったので朝からろくに何も食べてないキヨシ君の為に夕飯を作ることに。この人は私がいなかったらいったい何を食べて生きていくつもりなのだろうか。料理をする、という観念が産まれた時から欠損しているようだ。だからといって私が作らなくてもな〜んにも文句は言わないんだけど。食べ物があればたくさん食べるけどなければないで食べなくても大丈夫、という感じなのだ。信じられない。

夕飯は揚げ餅!素揚げしたお餅を、生姜のすりおろしと大量の大根おろしが入った熱いそばつゆにひたして、わけぎをのせ、七味をちょっとふって熱いうちにフーフー食べるのだ。大根もお餅も大好きなキヨシ君にもかなり好評でした。カロリーのことは決して気にしてはいけません。(笑)いや、でも本当に簡単で美味しいんだから!あまったお餅でお試しあれ。


1/3/04

"The Lord of the Rings - Return of the King" 観て来ましたよ、とうとう。いや、私は全然すきじゃないんだけど、キヨシ君が原作を読んで以来のファンで。感想は・・・。長すぎ!(笑)3時間半だよ。もう後半はトイレに行きたいのを我慢するので精一杯だった。前作2作よりはちょっとましな気もしたが、もうFrodo(イライジャ・ウッド君)のへなへな度に嫌気がさしたね。指輪をとうとう溶岩の中に落とした時に、みんなが「Frodo−−−−!」と叫ぶところで「いや、がんばったのはFrodoじゃなくて友達のSamだろ!!Frodoはなんにもしてないだろ!」と心の中で突っ込みながら地団駄踏んでました。それにしてもSamはとことんいいヤツだったよなぁ〜。

この手の映画をみるんだったら、一昔前の「ネバー・エンディング・ストーリー」とかの方が個人的にはずっと好き。しかしあれにビリー・クリスタルが出てたとは今日キヨシ君に言われるまで全く気づかなかったけど・・・。(ファルコンが住んでいた場所の小人役で。)本当か?怪しいところ。

ちなみにキヨシ君はやっぱり「本の方が好き」と言ってました。原作の本を超える映画ってなかなか難しいですよね。


1/1/04

大晦日の夜は前半はうちでキヨシ君とイニューと静かに過ごし、後半はキヨシ君の友人宅でカウントダウンパーティーに参加。うちでの夕飯は・・・刺身はもちろん手に入らないし、どうしようかなぁ〜といろいろ考えた挙句、アラスカサーモン鍋に決定。鍋って簡単だし、ちょっと豪華に見えるでしょ。(笑)夕飯を終えてちょっとゆっくりしてからイニューを連れてキヨシ君友人宅へ。彼もキャビンに彼女と住んでいるのだが、なんと彼のところには石油ストーブもなく(薪ストーブで生活している)、電気さえ通っていない(灯りはガスで)。カウントダウンするとき、どうやって正確な時刻を知るのだろうか、と思っていたら、普通に自分家の時計でカウントダウンしていた。う〜ん・・・。

カウントダウン後は外でシャンペンを飲み、花火をバンバン上げる。酔っ払ったヤローどもは喜んでいたが、私は寒いだけだった。しかも他の犬達とうれしそうに遊んでいたイニューが花火の音と臭いにおどろいたのか、いつの間にか消えていた。イニューを探してあちこち歩き回るが、結局うちのトラックの下に隠れていたようで「イニュー!」と呼ぶとトラックの下から恐る恐る這い出してくる。可哀想なヤツ。やっぱり年越しは日本風に、自宅で静かに、がいいなぁ〜。

今朝は一応元旦ということで、仕事に出る前に海苔餅を焼いた。甘酒も飲んだし。しかし元旦に仕事って納得いかない!と思いながら仕事に出るが、患者さんがどんどん退院して行ってしまい、暇なので帰りたかったら帰っていいよ、とありがたいお言葉をいただく。もちろん帰らせていただきましたとも。今、いろいろつまみながらテレビ見たりインターネットしたりしてるんだけど、やっぱり正月はこうじゃないとねぇ〜。(笑)


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