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6/24/04 心やさしい婦長さんの計らいで、今週からいよいろキヨシ君と一緒のお休みスケジュールに!うれしい・・・。仕事のある日は起きているお互いを全く見ない生活なので(私は準夜勤、キヨシ君は日勤。私が仕事から帰ってくるとキヨシ君はすでに寝ており、キヨシ君が起きて仕事に出て行く頃には私が寝ている。)せめて休みの日ぐらい一緒だったらいいのになぁ〜とずっと思っていたのだ。 というわけで。今日、明日共にニ人一緒のお休み。今朝めずらしく早めに起きた私達。キヨシ君が「今日って日曜日?まだこの時間だったら教会に行けるじゃん!」というので日曜礼拝に行って来た。私は教会が好きではないけれど、以前ほどの拒否反応はなくなってきた。キヨシ君も実はもうクリスチャンではないのだが、敬虔なクリスチャン一家に育てられてきた環境からか、日曜礼拝の雰囲気だけはたまに恋しくなるらしいのだ。今日行った教会は私達が結婚式をあげたところ。牧師さんに「よく来てくれたね〜」とものすごい歓迎をうけてしまう。礼拝のプログラムは1時間ほど。全員で立ちあがって歌う個所が何度もあるのだが、この度にものすごく外れた音程で堂々と歌う音痴なキヨシ君の横で、私は下を向いて笑いをかみ殺さなければならない、という私にとってはこれが拷問のような時間だ。(笑) 牧師さんの話など全く聞かず、回りをきょろきょろ見たり前に座っている赤ちゃんに変な顔をしたりしておとなしく遊んでいた私なのだが、キヨシ君は全く怒らないでそんな私をにこにこして見ている。初めて教会に連れて行かれたとき、あまりの居心地の悪さに泣き出してしまった私を見ているので、そんな私がこうして教会に平気で来られるようになっただけでも大した進歩だ、と思ってみてくれているのだろう。あの日、生まれて初めての日曜礼拝で感じた違和感は未だに忘れられないが、私の好きなアメリカ人の、アラスカンの、私のここでの友人達や患者さん達の、そしてキヨシ君の生活や文化に密着した宗教なのだ、これも彼らをもっと良く理解するためと思えばいいじゃないか、と思ったら教会に行くことに抵抗がなくなった。 とはいえ。牧師さんの話を右耳から左耳に流しつつ、「あーーーーーー、般若心経聞きたい!畳の上に正座し、ハゲ頭の坊主が低いだみ声で般若心経を唱えるのを聞きたい!」というどうしようもない欲望が湧いてきてしまった。自分でも驚くほど切に。やっぱり私は仏教徒なのだろうか。(笑) 6/24/04 うちの病院で働いている看護婦のジーナが「親分、試験勉強、いつでも協力するよ!」と言ってくれたのでそのお言葉に甘えて手伝ってもらうことにした。ジーナはハードコアなアラスカン(笑)で、めちゃくちゃタフな生活をしている。山の中にある水道も電話も電気も通っていないキャビンで、一人暮らしをしているのだ。若い頃日本に交換留学生として1年間住んでいたこともあり、日本語も少しはしゃべれれるし、世界各国をあちこち旅してきたというおそらく30台も半ばの彼女。最近では1カ月半イラクでボランティアとして看護教育をしてきた、という、私にとっては頼もしい見方だ!(笑) 「せっかくだからうちにおいでよ。うちで勉強しよう!」と言うので、今日初めて彼女のキャビンを訪問してきた。地図を頼りに車を運転して行くと、どんどん山の中に入っていくし道がめちゃくちゃ狭くなっていくしで本当にこんな山の中に住んでるのか!?と怪しくなってきたその頃、ようやくジーナ宅に到着。ちょっと大きめの掘っ立て小屋のようなキャビンの前で、ゴーゴーいうジェネレーター(発電機?)に負けない大声で「いらっしゃ〜い!」と迎えてくれた。電気が通ってないなら、冷蔵庫はどうするのか?という私の最大の疑問をさっそくぶつけてみると、カモン!とキッチンに連れて行かれ、そこに立派な冷蔵庫発見。なんとプロパン冷蔵庫らしい。調理もプロパンでするのだそうだ。なるほど〜。 しかし最大に驚いたことは、「アウトハウス(外便所)使ってもいい?」と聞いた私にジーナが「大?小?小だったらあの辺のやぶの中だったらどこでもしていいよ。」と言ったことだ。なんとアウトハウスすらないらしい!すごい!そんなワイルドな!「小です。」と答え、トイレットペーパーを受けとってやぶの中で用を足しながら、「大だったら場所が違うんだろうか?」とか色々考えてしまう私。(笑) 一緒に問題集を解きながら、ジーナに色々教わる。彼女はフロート・プール、というポジションで働いている。このポジションはいわゆる「なんでも屋さん」で、その日助けが必要な科ならどこへでも行って働く。決まった科で働くわけではないので、内科、外科、小児科、産婦人科、精神科、ICU、その他もろもろどこででも働ける知識がなければやっていけない。すごいなぁ〜。そんなポジションで働いているジーナなので、ものすごく知識が豊富だ。試験勉強のいい助っ人が出来た。 勉強の後、一緒に夕飯を作る。ジーナは自分が釣ったというハリバット(ひらめの一種)とサーモンを外でグリルし、その間に私は畑からサラダに入れたい野菜を取って来い、というジーナの命令を受けてレタス、セロリ、チャイブ、ラディッシュ、もろもろを取ってボウルに入れ、洗ってちぎってドレッシングとあえる。そのほかにも美味しいパンやジーナが漬けたという色々な野菜のピクルス、キュウリの酢のもの、これまたジーナがハンティングで仕留めたムースの干し肉、などなどを出し、すばらしくヘルシーな夕飯の用意ができる。いやー、美味しかった!帰りには私がものすごく気に入ってしまった彼女の野菜のピクルス、そしてキムチ(なぜに彼女がキムチの漬け方を知っているのかはなぞ)、ブルーペリーのシロップ(これももちろん手作り)までもらって帰ってくる。 なんだか、ジーナは最小限の物に囲まれて、ものすご〜く豊かな生活をしているなぁ〜と思ってしまった私。カッコ良すぎです。私もジーナのようなアラスカンになれるんだろうか。無理だろうなぁ〜・・・。 6/22/04 CGFNS試験に向けて、毎日勉強している。父の日に日本の実家に電話してそう伝えると、「あんまり勉強ばっかりするなよ。」といつもの返事が返ってきた。うちの父親は陶芸家で、相当な奇人だ。子供の頃から、親から「勉強しなさい」と言われることなどほとんどなく育ってきた。逆に、私が珍しく勉強していると(それも試験の前夜とか。文字通りの”一夜”漬け派だった。)そーっと私の部屋のドアを開け、心配そうな顔で「早く寝なさい。あんまり勉強すると頭が悪くなるよ。」と言われたものだった。そうなのだ、勉強しすぎるとアホになる・・・。 そう言うのにはなにか深〜い理由や信条でもあるんだろうか、と思っていると、そうでもないようなのだ。「うちの親ぐらいだよ、自分の子供に勉強するな、っていう親なんて。普通、勉強しなさい!っていうもんだよ。」と言うと、「だってさぁ〜、お父さんもお母さんも勉強大っ嫌いだったんだもん。自分の娘が勉強してる、って聞いただけでなんだか可哀想になってきちゃうんだよ。あんなにイヤな勉強を自分の娘がしなくちゃいけないと思うと。」・・・らしい。そうだったのか。(笑) 「東北大に入る!、なんっつって、おまえのばあちゃん(私の父の母親)だまして、北海道抜け出して仙台に予備校生として浪人生活を送りに来たくせに、予備校行かないでおまえのお母さんとデートばっかりしてたからね。」という父親に、「どうしようもないね。」と言ってやると、「ほんとどうしようもないよ。ガハハ!」と笑っていた。(爆) 私も看護短大を出るまで、勉強は相当嫌いなタイプだったが、目的がはっきりしており、それを達成するための勉強はそれほど苦に思った事がない。フルタイムで看護婦をしながら睡眠時間を削ってでも英語学校に通い、アラスカ大学合格に向けて勉強している時も、大変だったけど夢に一歩一歩近づいている、という充実感があった。そう説明すると、父は全くわからない、といった調子で「おまえって、ほんと〜うに勉強が好きなんだな。すごい!俺達の子供じゃないみたい!」と言う。そ、そうじゃないんだけど・・・。 高校の教師である父親に「勉強しろ、勉強しろ」と言われ、常にプレッシャーをかけられてきたキヨシ君にとってはうらやましくて仕方がないらしい。そう言われてみると、そうか〜、私はのびのび育ててもらえて良かったなぁ〜、と思う反面、勉強せずに心配されるのではなく、勉強して心配をかけてしまうこの状況をどうしてよいものやら・・・どうにも困ってしまうのである。 6/20/04 キヨシ君と一緒のお休みの日!今日も快晴、気温も28℃前後まで上がり、お出かけにはもってこいというわけで、近くの湖まで初泳ぎに行って来た。泳ぎに行ったというよりは「イニューに泳ぎを教える」ために行ったのだけれど。私達が水着を着て、氷のように冷たい水の中に気合を入れてぶるぶる震えながら入り、あま〜い声で「イニュー、イニュー!こっちに来て一緒に遊ぼうよ〜!楽しいよ〜!」とアホの様に叫びつづける私達を水際でじっと見つめるイニュー。私達の近くに来たいのは山々らしく、情けない泣き声を出しながら少しずつ水の中には入ってくるのだが、足が届かなくなってくるとさっさと後じさりしていってしまう・・・。この意気地なしめ! こうなったらスパルタ式でいくぞ!と首輪にリードをつけ、少しずつ水の中に引き込む作戦にでた私達。いやがるイニューをぐいっと引っ張ると狂ったように前足をバシャバシャさせながら5秒ほど泳ぐことができた。しかしこれがトラウマになってしまったのか、これ以降絶対に水の中には入ってこないようになってしまった・・・。私達の作戦は逆効果だったようだ。もうイニューに泳ぎを教えるのはあきらめよう、と私達が湖から上がると、イニューはうれしさのあまりジャンプをしながら走りまわっている・・・。わかった、わかったよ、おまえは陸の生き物なんだな。もう無理に泳がせたりはしないよ・・・。 というわけで、2歳になってもまだ泳げないイニューです。 6/15/04 今日は私のせっかくのお休みなのにキヨシ君はダブルシフトを働いている。朝の7時に仕事に出ていったきり、午後11時過ぎ現在、彼はまだ帰宅しておりません。(夜中の12時に仕事からあがれる模様。)チキショー!というわけで、またしても一人でオフを楽しんでみた。 看護婦友達のシュリーが「親分、スシ(太巻き)の作り方を教えてくれ!」というので彼女のアパートで出張教育してきたのだ。このシュリーはいわゆるトラベラーナース。看護婦不足の深刻なアメリカでは重宝されているこのトラベラーナース達。アメリカ各地を旅しつつ、その旅先で数ヶ月間短期採用されて看護婦として働く。例えば冬の間はハワイで働き、春になったら実家(地元)に戻って働き、夏になったらアラスカで働いて秋になったらニューヨークで働く、なんてことが可能なわけだ。しかもこの短期採用トラベラーナースを獲得するために、人手不足の病院はとんでもなく良い待遇で迎え入れる。ちなみにうちの病院では、引越し代(荷物の運送、飛行機往復チケット、もろもろ)、滞在中のアパート代、滞在中のレンタカー代をまるまる支給している。アパートはもちろん家具付き、1週間に1度のお掃除サービス付きだ! 夏の間、トラベラーナースとしてうちの病棟で働いているシュリー。彼女が滞在しているそのアパートを、今日はじめて訪れた私はそのあまりの待遇の良さにびっくり。「シュリーは甘やかされ過ぎだ!なぜに正規採用の私が自腹を切って借りているキャビンで水道なし、室内トイレなし生活で、おまえがこんな立派なアパートにただで優雅に暮らし、しかもお掃除サービス付きだと〜!?」というと、彼女は「ほんとだよ。親分もさっさと正看護婦免許を取って、トラベラー生活をしなよ。困ることといえば福利更生がもらえないことぐらいで、給料はいいし、あちこち旅できるし、トラベラーはいいよ〜。」とあっさり返された。(笑) そんなシュリーもトラベラーならではの悩みがあるらしい。それは彼氏がなかなかできないこと。せっかく仲良くなり、いい感じになってくる頃には病院との契約が終わり、次の旅先(勤務先ともいう。笑。)に向かわなければならない、というわけだ。仕事が出来て、頭も良く、美人で、しかもさっぱりしており、誰からみても魅力的な26歳、看護婦、シュリー。だれか「彼女にだったらどこへでもついて行く!」という男はいないのだろうか。おすすめなんだけどなぁ〜・・・。 6/11/04 とうとうビル・マーレーの”Lost in Translation”をみた。ビデオで。看護師仲間の間では好き嫌いがハッキリ別れており、「日本人の親分がみてどう思うか、ハッキリさせてもらおう」と常々言われていたのだ。(笑)見た感想は、思ったほど悪くもないけれど思ったほど良くもない、という感じ。 しかし内容の良し悪しは別として、私はこの映画を見ていてひとときも飽きることがなかったことだけは確かだ!というのも、この映画の舞台がまさに私が東京で看護婦時代を過ごした、その場所だったからだ。ビル・マーレーが泊まっていたホテル、センチュリーハイアット新宿は私の最初の看護婦寮のとなりに建っていたもんだから、ここにはちょくちょく足を運んだし、ホテルの前を毎日通勤の為に自転車で横切った。そして映画に登場する病院のシーン。これがなんと私が働いていた、東京医科大学で撮影されていた!でしょ?ですよね?あの受け付けといい、レントゲン部の待合室といい、その後ろのエスカレーターといい、あれは間違いなく私が働いていた東京医大だ!なんだかすごく懐かしくなってしまった。 4年間過ごした西新宿の町、そしてよくぶらぶらと遊びに行った渋谷の町並みが映る度、あの頃の自分が思い出された。先輩に叩かれつつ、影で泣きながらそれでも悔しくてがむしゃらに勉強して仕事を覚えた新人看護婦時代。仕事に慣れてからは新しい夢(アラスカで暮らす)に向かって日勤、夜勤の合間を縫って地下鉄で四ツ谷の英語学校まで毎晩通い、狂ったように勉強したっけ・・・。お金もきちんとした仕事も住処もあったけれど心だけがなんとなく空っぽなような気がして、どうにかしてこの空洞を埋めたい、それにはここを出て、アラスカに出るしかない、と信じていた自分。 遠い昔のことのようだ。まだ3年ぐらいしか経ってないのに。あの東京を離れて。で、今はどうなのかというと、なぜか本当に心の空洞は埋まった。それを埋めてくれたのはアラスカの大きな自然と、人間と、新しい私の家族(キヨシ君とイニュー)だろう。今の生活は満たされている。たとえ水道がなくても。たとえ便所が外でも。(笑) だからといって東京が嫌いなのかといえば、それも違う。なんか常に切羽詰ったような感じとかもの寂しい感じを伴いつつも、あの西新宿の高層ビル街をみると泣きたくなるほど懐かしくなる。あの頃の自分を誉めてやりたいし、あの時期は絶対に私の人生に必要な時期だった。私は東京に出て良かった、と心から思う。 ”Lost in Translation” の中のビル・マーレーと若い女の子(この女優さんの名前がどうしても覚えられない)と同じように、東京という場所は「自分っていったいなんなの?」と考えさせられずにいられない、そんな場所なのかもしれない。 6/10/04 今まで愚痴になるのであんまりここには書きたくないなぁ〜と避けてきた話題。このへんで書いとこうかな。CGFNS試験(他国ですでに看護師免許を持っている外国人ナースがアメリカで看護師免許を取得するために通過しなければならない第一関門の試験。これに受かれば州の State Board :日本だとこれが国家試験にあたる、を受けられる。)の書類審査の進行状況。応募したのはなんと1年以上も前のことになるのだが、筆記試験の受験資格を許されず、しかもなんの説明もないまま1年と2ヶ月。この間、どうして受験を許されないのか、私の提出した書類になにか不都合があるのか、いったいどうなってるんだ!と何度も何度もCGFNSオフィスに手紙を出したりメールを出したりしたのだが一向に返事がない。カスタマーサービスセンターに電話しても「えー、その件については私はよくわからないのでマネージャーとお話ください。転送します。」とマネージャーのオフィスに電話を転送され、そしてそのマネージャーは必ずといっていいほどいつも不在。結局彼の留守電に同じ内容の用件を入れるものの、返事はなし。 1年も経つと「もういっか。このままずっとナーシング・アシスタントでいこうかな。正看護師の免許なんて取れなくてもいいや。」と半ばあきらめも入ってきた。そんな時、以前この日記にも登場した「正統派二枚目、何事も完璧にこなす好青年看護師」、ドンが「親分、CGFNS受験の件はいったいどうなってるの?まだ連絡が取れないの?」と聞いてきた。ドンに訳を話すと、普段穏やかな彼が猛然と怒り、「俺に手紙を書かせて!」と申し出てくれた。ごめんよ、ドン、「正統派二枚目完璧君は苦手」だなんてここに書いて・・・。(笑)君は芯からいい奴だった。 頼んでもいないのにドンが書いてくれたCGFNSオフィスへの手紙。それを読んでいたらなんだか涙が出てきた。その手紙には、私がうちの病棟にとっても看護のフィールドにとっても欠かせない存在であること、私には日本でのきちんとしたキャリアがあること、正看護師としてのその立派なキャリアがありながら、現在はアシスタントとして働くことを強いられているにもかかわらず、私が働き者で看護が心から好きだということ、そしてその私の、アメリカで再び正看護師として看護の道に生きたい、という思いを無視し、CGFNSオフィスがなんの説明もなしにチャンスを与えないでいるのはフェアじゃない、ということなんかが書かれてあった。このままドンか私になんの説明もなければ、アラスカ州の State Board か、その上の機関にもしかるべき苦情を書く、とまで。 なんと、1年2ヶ月間、私がどんなに連絡を取ろうとしても無理だったCGFNSオフィスから、その後返事がきたのだ。それなりの肩書きを持つドン(彼はうちの病棟のPCC:Patient Care Coordinator なのだ。)が書いた苦情の手紙がやっぱり効いたのだろう。くやしいけれど、うれしい。その返事によると、私が卒業した看護短大が直接CGFNSに提出した書類に、1箇所だけ記入漏れがあるために筆記試験の資格が与えられないでいることがわかったらしい。っていうか、そんなこと1年2ヶ月前にわかってたことだろ!どうして今になってそれを通知してくるかな・・・。とにかく、私の看護短大にもう一度質問の内容と書類を送ったので、それがCGFNSオフィスに返送され、認められれば私にも受験資格が与えられるとのこと。 腹が立つやら悔しいやら・・・。しかしここで怒ってばかりいても仕方がないので、「こんな旨の手紙が近いうちCGFNSから届くと思いますので、今度はミスのないようにぜひぜひよろしくお願いします」という内容の手紙を母校の看護短大に送った。看護学科の学科長はこれまたいい人で、速攻メールで「大変申し訳ありませんでした。」と長々と謝り、書類が届き次第きちんと記入し、英語での説明の文面も付けて返送したい、と言ってきてくれた。ありがたいことで・・・。 というわけで。ようやく見通しが立ってきたところですわ。ふぅ・・・。これで新しい書類が審査を通過すれば、筆記試験が受けられることになる。一番早くて11月10日。それに間に合わなければ3月9日。試験勉強、本格的に再開しなければ! 6/9/04 ブレンダ(6/1の日記参照)と仕事の前にカフェで待ち合わせをし、コーヒーを飲み、甘いものを食べながら仕事前のひとときを楽しく過ごす。ブレンダが今一緒に暮らしているドッグ・マッシャー(犬ぞり使い)の彼との出会い話でひとしきり盛り上がる。元彼(これもドッグ・マッシャーだったらしい!笑。)とすっかり切れていない内に出会ってしまい、結構な修羅場だったのだそうだ。なんだかすごい。そしてそれをにこにこしながらズバッと話し、元彼にはあれ以来(元彼が今の彼を殴りつけたという事件)会っていないし、会いたくもない。当時一緒に飼っていた犬たちを1匹も私にくれなかったし、とキッパリ言っていた。 ドッグ・マッシャー2人を闘わせてしまうほどのブレンダ!(笑)やっぱり素敵だ。 6/7/04 今日も暑かった。仕事から帰ってきたら、案の定キヨシ君はまたしても裸族と化していた。しかもそれが当然の様に、ふっつーに物を食べたり日記を書いたり重力について勉強したりしている。外のトイレに行く時だけは、さすがに靴を履いていた。(普通は止めるのだが、今回は夜だったので見逃してやった。)しかしこの季節に裸で外に出るって我が夫ながら勇気あるな、と思う。蚊の大群が半端じゃなくすごいから。用を足し終わって家に入ってきたキヨシ君の全身にはやっぱり蚊に食われたあとがたくさん。・・・バカだよ。 6/6/04 今日も暑いです。たぶん28℃ぐらいまではいったんじゃないだろうか。アラスカ生まれ、アラスカ育ちの、暑さにはめちゃくちゃ弱いキヨシ君はかな〜りへたってしまっている。今もカウチにだらだら座ってポテトチップスを食べながらテレビで大好きな「ネイチャー」をみているが、なんと素っ裸に靴下のみ、というイデタチだ。リラックスし過ぎだよ。最初の頃は「突然誰かが尋ねて来たりしたらどうするの!」と注意していたものだが、もう最近は放っておく。そのままの格好で外便所に用を足しに出て行こうとする時だけはさすがに止めるけど。 今日は二人一緒の貴重なお休みの日だったので、一緒に大学にシャワーを浴びに行った後、いつものカフェに行ってマンゴースムージーを飲みながら新聞を買って読んだ。カフェから出るとき、外に停められていたかっこいいオートバイを見てキヨシ君一言。「僕がこんなの持ってたらどうする?親分を後ろに乗せてさ、”しっかりつかまってろよ!振り落とされるなよ!”とか言うんだよ!」ここで私も、「キャー素敵!」とか言えば良かったのだろうけれど、どうしても笑いをこらえきれずに吹きだしてしまった。だって・・・。キヨシ君にオートバイ。そしてそんな臭いセリフ・・・。どうしても似合わない!似合わなすぎる! やっぱりキヨシ君にはいつものリカンベント自転車(またはリカンベント三輪車)に、きちんとマヌケなヘルメットをかぶり、のんびりと乗っていてほしいものです。 6/5/04 最近私の中で流行っている遊び。今まさに深い眠りに落ちようとしているキヨシ君のホッペやこめかみにチューをしてちょっと起こし、「オヤスミ〜!」と言って自分もさっと寝に入るふりをする。これだけだと面白くもなんともないので、これを何度も繰りかえすのだ。再び彼がスースー寝息を立て始める頃を、寝たふりをしながら静かに見計らわねばならないので、ちょっと私にも気合がいる。最初は寝ぼけ眼ながらも笑顔を作り、「オヤスミ〜。」と言い返してくれるキヨシ君も、私がこれを5回ほど繰り返す頃からちょっと困った感じで「ぼく明日早いんだよ?6時起きだよ?」と言ってくる。しかたないので普通はこの辺で止めます。 6/3/04 キヨシ君はいまだに重力の不思議に取りつかれている。狂っているといってもいいほどだ。家の中には不思議な物体(おもり?)がぶらぶらぶら下がっているし、どうして床に蓋が開いたペットボトルが・・・と思ってじっとみていると突然ぽちゃん!と水玉が落ちて来たりする。そこで初めて顔をあげてみると、ロフトの上に水が入った変な手作りの容器とチューブがセッティングされていて、そこから水玉がものすごーくのんびりとした頻度で落下されるようになっていたりするのだ。それもこれもすべてキヨシ君が「重力の不思議」に取りつかれているからで。 仕事場からキヨシ君に電話する時も、一応「今なにしてんのー?」と聞きはするが答えはいつも一緒。「重力について考えてる所。重力ってさ〜、本っ当に不思議だよね。」キヨシ君、私はこの世の中で一番不思議なのは君だと思います・・・。 6/1/04 最近看護学校を卒業し、新しくうちの職場に配属されてきた34歳の看護婦さん、ブレンダ。妙に気が合い、仲良くなれそうな予感がする。なんと彼女は彼氏と Two Rivers という町からは程遠い田舎に広大な土地を買い、小さなキャビンを建てて(彼氏は大工。)ニワトリ35羽と犬ぞり用の犬38匹と暮らしているという、かなりのつわもの。(笑)初めて会ったその日、一緒に休憩を取っている時、「あっ、うちのニワトリの卵、みる?殻が青いの!青い卵を産むめずらしい種類のニワトリを買ったの!」と目をきらきらさせて自慢気に休憩室の冷蔵庫から卵を出して見せてくれた。そして「初対面で卵の自慢、ってちょっと変よね。変わってる、って思われるわね。」とハッと我に返ったようにつぶやいていた彼女。面白すぎる。 アラスカでのキャビン暮らしや飼い犬の話などなど、共通の話題で盛り上がり、「かな〜り遠いけど、今度イニューを連れて遊びにおいでよ!夏の間は彼氏が出稼ぎ中(彼は夏の間は出稼ぎでお金を貯め、冬の間はドッグ・マッシャー:犬ぞり使いと化すのだ。笑。)だから一人ぼっちなの。」とさそってくれた。イニューにとってはパラダイスだ!10エーカーの土地と38匹の新しい犬友達!(笑)彼女は最近畑に野菜を植えることに命を燃やしているのを知っているので、「じゃぁ私は野菜を植えるのを手伝うよ。」と約束した。 2人の仕事のスケジュールがなかなか合わないのでいつになるのかわからないけど、ブレンダのおうちに遊びにいくのが今から楽しみな私とイニュー。 5/31/04 気がつけば今日で5月も終わりじゃないですか!びっくり。最近仕事はそれほど忙しくはないんだけれど、キヨシ君が準夜勤から日勤に移ってしまったので彼と一緒に過ごす時間がほとんどない。キヨシ君は朝8時から午後4時までの勤務。私は午後3時から夜の11時半までの勤務。まさにすれちがいの生活・・・。 婦長さんに、「日勤のポジションに空きがないのはわかってますが、このままだと愛するHubbyと過ごす時間がないので、せめて彼と同じお休みの日をいただけますか?」とお願いしたら、心やさしい婦長さんは次回勤務表を作る時にできるだけ考慮する、と約束してくれた。ありがとう、婦長さん! ここ3日間も、キヨシ君は「メモリアルデーウィークエンド」で3連休だったのに私は3日とも仕事。明日はようやく私のお休みの日なのに、なんとキヨシ君は日勤と準夜勤のダブルシフトを働かねばならないのだ。なぜなら明日は新しい子供達が入所してくる大切な初日だからだそうで。うわーん!(泣) 5/22/04 今朝、(とはいっても昼間だが)起きてきてテレビをつけたら陸上競技をやっていた。しかし今どきの陸上選手というのはカッコいいですね。びっくりです。ドレッドヘアにちょっとヒゲをはやした超ハンサムなお兄さんが、均整のとれた体をトレーニングウェアに包み、ウォーミングアップをしている様子が画面に映っていたので、思わず「カッコイイなぁ〜」と言ってしまった私。それを聞いていたキヨシ君が一言。「あ、この人?まさに僕の若い頃って感じ。うりふたつだね。」・・・陸上選手のお兄さんは黒人だったんですけど。そして筋肉がついてたんですけど。その上運動神経が抜群なんですよ?・・・いろいろ言いたい事はあったのですが、あえて突っ込むのもバカバカしいので「あっ、そうなんだ。」の一言で済ませておきました。 5/18/04 今日、5月18日は私達の結婚記念日。ちょうど結婚してから2年になる。昨日の深夜、仕事から帰ってくると、仕事が休みだったキヨシ君が真夜中なのにイニューと外にいた。「ただいまー、どうしたの?」と聞くと「イニューと遊んでた。」とのこと。ふーん、めずらしいこともあるもんだ、と思いながら先にたって家に入ると、キッチンのカウンターにジュースの空き瓶にいけられたバラの花3本とカードが飾られてある。カードを読んでいたらなんだかジーンときてしまった。お花を買ってきたはいいけど花瓶がないからどうしようと焦っただろうなぁ、とか、ジュースの空き瓶に飾る所がめちゃくちゃキヨシ君らしいなぁ、とか、一生懸命カードの文章を考えて書いたんだろうなぁ、とか想像しちゃって・・・。 2人とも前もって今日は仕事をお休みさせてもらえるように頼んでいたので「一日好きなことをして過ごそう!」ということに。しかし昨夜バラとカードをもらったあと、ふたりでだらだらキヨシ君が買ってきてくれたパイを食べたり本を読んだりしていたら、就寝時間がとんでもなくおそくなってしまい、なんと今朝目が覚めたら午後の1時半を回っていた・・・。なんだかとっても損した気分。その後ふたりでだらだら起きてきて、朝ご飯を食べてから「アニマル・シェルターに行こう!」ということになり、シャワーも浴びずに動物達に会いに行く不潔な2人。(笑)私は犬たち、キヨシ君は猫やハムスターやラットたちにめろめろになり、まるでムツゴロウさんのように檻越しによーし、よしよし、かわいいねぇ〜。と話しつづけること1時間。マイホームを持てた暁にはここから動物を引き取って、イニューのきょうだいにしてあげようね!と言い合ってシェルターを後にする。キヨシ君が「イニューより賢いやつね。」と言ったのがちょっと余計で、気にさわる。 その後、大学にシャワーを浴びに行き、大学近くのカフェで2人で読書。キヨシ君は相変わらず「重力の不思議」に取りつかれており、「Gravity」という小難しい本を読んでいる。何を好き好んで・・・。私は Amazon.co.jp で購入した雫石脩介の「虚貌」を夢中になって読んだ。そうこうしているうちに、はっと気付くとすでに夜の8時半を回っている。本当は夕飯はこの辺でちょっと評判のレストラン(2人ともまだ行った事がない)に行ってみよう、という計画だったのだが、町からちょっと離れた所にあるそのレストランに行くにはちょっと遅くなってしまったので、結局サブウェイサンドウィッチでいっか、とサブウェイへ。(笑) なかなか私達らしいのんびりしたいい一日だった。キヨシ君、どうもありがとう。しかし、先日 実家の母と電話で話をしていたときに「もうすぐで結婚記念日だねぇ〜」という話になり、母の「キヨシ君、2年も良くもったねぇ〜。よくがんばったよ。」という一言にちょっと引っかかった私。どういう意味なんだよ!?(笑)今日母からもらったメールにも、「あんたは 幸せでしょうが、キヨシ君も幸せにしてあげて下さい。」と書かれてあった・・・。父親にも、いつも「おまえ、キヨシ君をそんなにいじめるなよ。」と言われる。実の娘よりもその旦那を心配する私の両親って・・・。 5/13/04 今日はちょっと長いです。覚悟して読んで下さい。キヨシ君、親知らず抜歯、の巻。 いやはや、所変われば、で日本とは全く異なるアメリカの「親知らず抜歯の至れり尽せりケア」にびっくりだ。キヨシ君は特に痛みに弱い(苦笑)ので、点滴を通しての全身麻酔で抜歯をしてもらうことに決まったのだが、そのためには付き添い(この場合私しかいない。)が必要で、キヨシ君が治療を受けている間トイレに行く以外待合室を離れてはいけない、そして車で自宅まで送り届けなくてはならないというのだ。私なんか東京での一人暮らし時代に親知らずを抜いた時、一人で自転車で歯医者に行き、歯を抜かれた後もその自転車をこいで寮まで一人で帰ったけど大丈夫だったよ!とキヨシ君にいうと、「そんなのこっちじゃ違法だよ、付き添いがちゃんと車で送り迎えしないと!」とびっくりされてしまった。甘えてるよ、アメリカ人。たかが「親知らず」ぐらいで。 とにかく、昨日の夜からびくびくのキヨシ君。私は「私なんかさぁ〜、もちろん全身麻酔なんかかけないで局麻だけでやってもらったんだけどさ〜。上の親知らず2本は結構簡単に抜けたけど下のやつは真横に生えていたみたいで、歯茎を切ってその歯を割ってめりめりってかけらを一つずつ抜かれたよ。本当に”めりめり”って音がするんだよ。」と脅かしておいた。ひっひっひ。 私もそんな意地悪ばかりしていたのではなく、きちんとその口腔外科のお医者さんからもらった「術後(ってほどのことでもないと私は思うんだけど。)に食べて良いもの」のリストにそってキヨシ君の為に、アップルソースやヨーグルトやカッテージチーズやアイスクリーム、スープ(クリアなものは良く、クリーム系はダメらしい。けっ。)などの食品を買いだめしておいた。 術前の8時間はなにも食べてはいけない、ということだったので今朝は私もなにも食べずにキヨシ君と口腔外科へ。緊張のあまり「なんかちょっと胃が変な感じ」などと言っているキヨシ君をなんとか「大丈夫、大丈夫。」となだめすかせる。しかし「これにサインして下さい」と持ってこられた「全身麻酔の同意書」には「最悪の場合”死”もありうる」などと書いてあり、私の励ましを無駄にしてしまう。カワイイお姉さんがキヨシ君を呼びに来た時はキヨシ君もようやく覚悟を決めたようで、ちょっと引きつった笑顔で待合室を出ていった。 およそ2時間後、麻酔から目が覚め始めたというキヨシ君に会わせてもらう。「もう抜歯が終わったと何度いっても信じられないようで。」とお姉さんが可笑しそうに私に言う。部屋に入るとキヨシ君がマヌケなアイスパックを両頬に当てられ(まるでほっかむりの様に。)、心電図や血液酸素濃度測定機や酸素チューブや点滴につながれていた。「おおげさな!」という言葉をなんとか飲みこみつつ、「終わって良かったねぇ〜」とやさしく声をかけると、キヨシ君はまだ意識がもうろうとしているようで、やけにお喋りだった。普段は人前ではめちゃくちゃおとなしいくせに。 「本当にもう終わったの?全部ちゃんと抜けたの?」と聞くキヨシ君に、そのお姉さんと私は何度も「そうだよ」と言い聞かせる。キヨシ君は麻酔科医に「リラックスする薬」をもらった所あたりまでしか覚えていないらしいのだが、「麻酔ってすごいなぁ〜。もうねぇ〜、いままでに体験したことがない、ってぐらいリラックスして気持ちがよくなるんだよ〜。これだったら何度でも手術してもいいなぁ〜。僕、これだったら本当にもう一度歯を抜きに来てもいいよ。あっはっは!ワンダフル、ワンダフル。」とラリって喋りまくっている。私はお姉さんの方を向き、小声で「本当は、すっごい怖がってたんですよ。」とばらした。お姉さんは笑いをかみ殺していた。そのお姉さんが、「あ、そういえば麻酔から覚め始める時、なにやら"重力はどうのこうの”と難しいことをやたらとしゃべっていましたよ。」と言ったので私は爆笑してしまった。彼は最近「重力の不思議」に夢中で、物理の勉強をしまくっていたからだ。 ラインを全部取り除き、口腔外科医から色々注意を受けた後、「決まりだから」とそのお姉さんに車椅子で建物の外までエスコートしてもらい、痛み止めの薬やアイスパックやガーゼを薬局で受けとって無事に帰宅。その後私が彼の術中、「絶対に離れてはいけないはずの待合室」を空腹の為に抜け出し、チャイニーズレストランまで車を走らせ、テイクアウトでとったチャーハンとチンジャオロースーを一人で外のベンチで食べていたことがキヨシ君にばれてしまい、「信じられない」という目で見られてしまったのであった。だってキヨシ君のせいで朝ご飯たべてなかったんだもん。 今キヨシ君はアイスパックのほっかむりをして「重力」についての教育ビデオを熱心に見ながらメモをとっております。とにかく、無事にすんで良かったよ。 5/12/04 若くてカワイイ独身の看護婦さん達がそれぞれの「理想のタイプ」の話で盛り上がっていた。「ねぇ、親分、今の旦那さんと出会った時、あ、この人タイプ!って思った〜?」と聞かれ、言葉に詰まる私。なにしろ私の好きだったタイプとキヨシ君は正反対だったからだ。 私は長年、頼り甲斐があり、何事にも動じない、どーんとかまえた年上のたくましい”日本男児”(ここ重要。)との出会いを待ち焦がれていたのだ。待ち焦がれている間にいつのまにか25才になり、「この子は25にもなって浮いた話も全くなく、寮で女友達と鍋ばかりしている。」と親から心配されたものだ。当時、車やブランド品や海外旅行には全く興味がなく、アラスカに「住む」ことだけを夢見て「私、アラスカでエスキモーと生活することが夢なんです!」などと鼻息を荒くしながら、英語学校と病院と看護婦寮とコンビニ(料理は全くせず。)の行き来に終始していた私。そんな女に誰が興味を惹かれるだろうか。 そんな私が根性だけでアラスカ大学留学をなんとか決め、生まれて初めて日本という国を出てきてすぐに出会ったのがキヨシ君。(一番最初の学期に大学で取っていた授業が一緒だった。)頼り甲斐はなさそうだし、妙にシャイだし(すぐに顔が赤くなる)、決断力はないし、歳は4つも下だし、変な服着てるし(これはちょっと違うけど。笑。)もちろん「日本男児」なんかじゃない・・・。(笑)でもキヨシ君は私の生き方を「変わってる」とは言わず、「面白い」と心から言ってくれた、初めての人だったと思う。 人生、本当にわからないものだ。というわけで、独身看護婦達にはしっかり言っておきました。「あんたたちも、さんざんそんなこと言っといて、結局理想のタイプと全く正反対の人と結婚したりするんだよ。」夢を壊しちゃ可哀想だけど、時には真実を知ることも重要です。(笑) 5/11/04 ようやく2人の意見が一致して「ここはいいね!」という土地が見つかった。5エーカーと広く、なだらかな丘の上にあって、私の大好きなBIRCH(樺の木)が生い茂っている。町からもそれほど遠くはないけれど、静かで、ちょっと散歩すればアラスカ山脈の壮大な景色が一望できるというすばらしさ! 「ちょっと高いけど買っちゃう?買っちゃう?」と2人でかなり興奮していたのだが、最終決断する前に専門家の所に行って永久凍土が混ざっている土地ではないことを確認しにいくと、なんと「地図上、永久凍土がある場所とない場所のボーダーラインに位置している土地なので、なんとも言えない。確実な判定のためには地下何十メートルまでドリルで掘って永久凍土の有無を調べてくれる業者に頼んだほうがいい。」とのこと・・・。しかしこの穴を掘る作業はめちゃくちゃ費用が高いのだ。 見た目や環境がいくらよくても、永久凍土の上に家を建ててから、何年後かにせっかくのマイホームが傾いたり沈んでいったりしたのではなんともやりきれない。相談の結果、ドリルでの掘り起こしテストを自費で払ってまでこの土地を買うのは今の所は止めておこう、その間にこの土地が他の人に売れてしまったらそれはそれで縁がなかったと思うことにしよう、ということに。でも「もしここが永久凍土ではなかったら惜しいなぁ」という気持ちがなかなか追い払えないのも正直なところ。あぁ〜、このフェアバンクスに「永久凍土」という問題さえなければどんなに土地探しが楽になることか! 5/6/04 キヨシ君がアンカレジから帰ってきた。なんとあの気の利かないはずのキヨシ君(ごめん。笑。)が私に「お土産」まで買ってきてくれたという。洋服かな、アクセサリーかな、とわくわくしながら「何?何?」と聞いてみると、それは平べったい石(真ん中が微妙に凹んでおり、そこに親指を当ててこするというストレス・リリーバーらしい)とぐにゃぐにゃする奇妙な感覚のボールらしい。一瞬がっかりするものの、それらを試してみてびっくり。いやー、これが妙に気持ちいいのだ。 特にぐにぐにボール。触った感触がなんともいえない。ニヤニヤしながらそのボールを触りつづける私にキヨシ君一言。「親分にぴったりでしょう。そのボール、僕の耳たぶと同じ感触じゃない?」確かに。告白しますが私、実は耳たぶフェチなんです。(笑)子供の頃から母親の耳たぶを触らないと眠れなかった私。大きくなってからはもちろんそんなことはしてなかったんだけど(当たり前だ!)結婚してからはその病気が復活、キヨシ君の耳たぶを触りたくてしょうがない・・・。キヨシ君はすごくイヤがるんだけど。 耳たぶといっても、だれの耳たぶでもいいという訳ではない。小さかった頃、母親がもう我慢できなくなって「お母さんのじゃなくてお父さんの触らせてもらいなさい!」と降参したことがあった。しかし私は気に入らなかった。「お父さんの耳たぶ」は小さくて薄っぺらく、お母さんの耳たぶのようにふっくらしていない!ただし福耳であればあるほどいいのかといえばそうでもないのが難しいところ。小さすぎず、大きすぎず、適度にふっくらしていて、適度に弾力がないと。そしてキヨシ君の左の耳たぶがまさにそれなのだ。 日本にキヨシ君と一緒に帰省した際、なにかの理由で私がちょっとキヨシ君に意地悪な態度を取ったら、彼が「もう僕の耳たぶ触らせないよ。」とぼそっと言った。それをそばで聞いていた母親は一瞬目を丸くした後、「もしかしてあんたキヨシの耳たぶ触ってんの!」と爆笑。「耳たぶ触らせてくれる人ができて良かったねぇ〜。大切にするんだよ。」と笑いすぎて涙をながしながら言った。 話がだいぶそれたが。そんな大好きな耳たぶに極似の感触のボール。もうこれなしでは眠れません。 5/4/04 キヨシ君が3泊4日でアンカレッジに研修旅行に行っている。その間イニューとのんびりラブラブで過ごそうかなぁ(笑)と思っていたのに、なぜか仕事と仕事がらみの用事がぎゅうぎゅうに詰まってしまった為にゆっくり遊んでやることもできず。明日はキヨシ君が帰ってくるというのに私はまたしても仕事で空港に彼を迎えにすら行けません。あぁ。 5/1/04 今日、私と同僚の看護婦、Aの2人で組んで受け持っていた患者さん達。みんながみんなボケていて、点滴は勝手に抜くわ、徘徊するわ、へんなところにうんこはするわ、でさんざんな一日だった。ようやく魔の8時間が終わり、「最悪の一日だったね。」とAと言い合って、「明日はもうちょっとましな受持ちグループだといいね。」とナースステーションを後にロッカールームに向かうと、その途中の廊下に私達の受け持ち患者さんの一人が素っ裸でうろうろしていた。なぜに。「まぁまぁ、部屋に戻りましょう。もう夜中ですよ。」と2人でその患者さんを病室に連れて帰ろうとしたらものすごい勢いで怒られた。彼はどうしても「家へ帰る!もう自宅のドアはすぐそこなんだから、手を離せ!」といって聞かない。ガウンを着せようとしても「これは俺のじゃない!」と言いはって絶対に着ない彼。素っ裸のおじさんを間に、お互い目を合わせてからがっくり首をうなだれてしまった私達。A:「親分、今日って満月?」私:「そうに違いない。」こんな日もあるわな。 |