ビブレ博士の 聖書ってスゴイ!
2. 科学とピタリ(2)
現代では、地上に降り注いだ雨が蒸発して雲となり、また雨として地上に降ってくることは誰でも知っておる。じゃが、古代・中世の人々は、雨が空から降ってくると、その水はやがて川となって海に入り、水平線の向こうにある「巨大な滝」から流れ落ちて、それで終わりじゃと思っておった。
しかしじゃ、聖書では、今から3000年以上も前に、水の循環について言及しておったのじゃ。
「彼(神)は水のしたたりを引き上げ、その霧をしたたらせて、雨とされる。空はこれを降らせて、人の上に豊かに注ぐ。」(ヨブ記 36:27-28、協会訳)
つまり、水は空に引き上げられ(= 蒸発)、雲となり(= 濃縮)、また雨となって地に降ってくる(= 降雨)という水の循環を語っておる。3000年以上も前じゃのに、何と科学的な記述じゃろう。
もう一つ、聖書の記述がズバリであったことを紹介しよう。
マシュー・モーリーという人は、ある時、聖書の次の箇所を読んだ。
「すべて、羊も牛も、また、野の獣も、空の鳥、海の魚、海路を通うものも。」(詩篇 8:7-8)
この箇所から、彼は、海にも路(海洋の一定の流れ)があると信じたのじゃ。当時の人々は彼を相手にしなかったが、彼は風と海流をたどって、ついにその法則を見い出したのじゃ。この発見によって航海術は大きく進歩した。聖書の記述を信じて調査した彼は、海路の発見者として名を残す事になったのじゃ。
今回は、雨と海路の話しじゃった。聖書はウソじゃなどというあめー(あまい)考えはかいろ(変えろ)!ということじゃな。
|