文学雑誌「メランジュ」web版

メランジュ第7号 2003年4月

編集室より
芸術家とは」[英]


あなたのやうな」[英]

夜に咲く花[日]」/flower of the night[英]」

最終号特別座談会 (1) (2) (3) (4) [英]

小説
「アドニス・ブルー」[日]
第4章 (上)()
終章 ()()

リレー小説
カフェ・エバーグリーン」[

作家陣について

 

アドニス・ブルー(6)
メグ・グレース著

第4章 (上)

 ある朝,謙太郎は店の前の道路を掃いていた。近所の主婦が彼に声をかけた。
「あら謙ちゃん,今朝も頑張ってるわね」
「あ,お早うございます」

「お宅のところの子たち2人はよく働くわねぇ,本当感心しちゃう。うちの子も見習って欲しいわ」
「いえ,とんでもありません。お陰様でいつもお世話になってます」
「いいえまたそんな。あら,そうそう,お宅の雪奈ちゃん,最近めっきり大人っぽくなったわねぇ」
 謙太郎の顔色が変わった。しかし彼は動揺を抑え答えた。

「いやぁ,そんなことありませんよ,まだあいつもガキですよ」
「そう? この頃急に前より綺麗になったと思うんだけど──勿論今までもこの辺りじゃとびきり可愛かったけど。彼氏でもできたのかしらねぇ」
 彼女は笑いながら立ち去っていってしまった。謙太郎は憮然とした表情で彼女の後ろ姿を見送っていた。

 

 この頃の雪奈は以前と様子が違っていた。何かと物思いに耽っているように見えることが多く,今までついたこともなかった溜息をよくつくようになり,謙太郎が声をかけても上の空だ。
 何よりもあの澄んだ瞳に影が落ち,無邪気な笑顔が彼女から消えたのが,謙太郎には気がかりだった。

「おい雪奈,全部食べへんのか」
 謙太郎は夕食を残そうとしていた雪奈に声をかけた。
「うん,あまり食欲がなくて…」
「あいつのことまた考えてるんか」
 雪奈は目を伏せた。

「雪奈,あいつのことなんか忘れろ,あんな人殺しのことなんか」
「お兄ちゃんまでそんなこと言うの? Jeanneさんは悪い人なんかじゃない,そんなことするはずない,お兄ちゃんだってそんなこと分かってるでしょ?」
 謙太郎は今まで自分に口答えをしたことのなかった雪奈が初めて兄に逆らったのに驚いた。

「んなこと言うたってあいつは自分でそう書いてたんや」
「そんなの何かの間違いに決まってる」
「もういい,もう奴のことは忘れろ」
「そんなのおかしい! 悪いことしたって知っただけで,それまで一緒に仲良く暮らしてたのに,それだけのことでそんなに態度変わるの? お兄ちゃんだけはそんなこと言わないって雪奈思ってたのに…」

 雪奈は席を立って自分の部屋に戻っていってしまった。
 謙太郎は居間に1人残された。
「くそっ,あいつめ…」
 それまでずっと自分に従順だった妹が自分の元から離れていく感覚を,彼は初めて目前に覚え始めていた。

 

 Jeanneは露店でシルバーを売る大和という同い年の少年と友達になった。
 
彼の名前を聞くなり少年は言った。
「なんか大きな賞のグランプリ取った虹の絵を描いた奴だろ? 絵の下のサインを見た」
「何処で」
「やたらでかい会社のビル入ったところのロビー。ギャラリーみたいになってて,受付嬢が座ってる向かい側。
 1週間前に日雇いのバイトで展示の手伝いやったんだ」
「…防犯装置つけた?」
「当たり前だろ」
 賽は投げられた。

 

 彼と大和は一緒に街頭で商売をしながら全国を回った。彼は訪れた客の似顔絵を描いたり,好きなように描いた絵を並べて売ったりして金を稼ぎ,大和は行く先々でシルバーのアクセサリーなどを仕入れてJeanneの横で売った。

 毎日の稼ぎは大抵飲み代で消えた。眠るのは公園や橋の下。それはJeanneのそれまでの路上での生活と変わらなかったが,仲間ができたのは初めてのことだった。

 彼は大和を今まで知り合った少年たちの中でも最も気安く感じていた。
大和は無口で,あまり喋らない少年だった。勿論客の呼び込みなどしない。興味のある客だけが並べられたシルバーを眺めに来るのをそのまま見ているだけだった。
 傍らのJeanneもあまり口を開かなかった。
 だがそれは重苦しい沈黙には感じられず,何も言葉に出さなくてもお互いの思うところが通じているような,心地よい無音状態だった。

第4章後半に続く)

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小説「アドニス・ブルー」
序章
第1章
第2章
第3章
第4章
終章

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