文学雑誌「メランジュ」web版 |
編集室より 詩 「夜に咲く花[日]」/ 小説 リレー小説 |
アドニス・ブルー(7)
雪奈はそのとき丁度ビルの前に差しかかりその声を聞いた。 「Jeanneさん…」 雪奈は彼の手を取って,両手で包み込んだ。 「雪奈,俺は人殺しや。これで2度目や」 「この世界は狂うてると思った。 彼の傍らで,彼女の白いワンピースが微かに震えている。 「雪奈,俺な,ずっと流れに身を任せて生きてきたんや。 雪奈の姿が次第にぼやけて,白くぼうっとした光のように彼の衰弱した視界に映った。 「だけど俺初めて自分の意志でこれを止めに走ったんや。 意識が次第に遠のいていく。 「ごめんな雪奈,俺もうあかんわ,雪奈の結婚式出て雪奈の花嫁姿見てあげる約束果たせへん…」 涙の止まらない雪奈は声にならずに首をぶんぶん横に振ることしかできなかった。 そのときの彼の瞳は,今までで最も美しかった。
雪奈は自分の外界がどんどんどん遠ざかっていく気がした。ここが都会の一角にあるビルの中だというのも意識から薄れていった。
辺りが明るく透明な光で覆われていた。 この世のものとは思えぬ芳しい香りがして,突然天女の羽衣のような白い絹を身に纏った長い髪の美しい女性が目の前に降りてきた。 女性は彼を抱きかかえ,悲しみに暮れた表情を見せ涙を一粒零した。
自分の目の前で起きた出来事に驚愕の余り身動き一つできなかった雪奈がはっと我に返って彼の手を包み込んでいたままの自分の両掌を離すと,鮮やかな碧色の小さな蝶が現れ,彼女の前を一旋回したあと,何処かへ飛び去った。
(終) |
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