文学雑誌「メランジュ」web版

メランジュ第7号 2003年4月

編集室より
芸術家とは」[英]


あなたのやうな」[英]

夜に咲く花[日]」/flower of the night[英]」

最終号特別座談会 (1) (2) (3) (4) [英]

小説
「アドニス・ブルー」
第4章 ()()
終章 (上)()

リレー小説
カフェ・エバーグリーン」[

作家陣について

 

アドニス・ブルー(7)
メグ・グレース著

終章(上)

 彼は大和がいつか話していたビルの前に立ち,その高層建築を見上げた。

 この1階のロビーの中。

 自動ドアが開いて中に入る。
 何食わぬ顔で両側に立つ警備員の間を通り過ぎ,受付近くの絵画に近づく。

──間違いなく俺の絵や──

 人の出入りが耐えない通路の中で1人,耳を澄ませる。

 時を刻む音が向かい合っている虹の絵の方から微かに聞こえてくる。

 ふと受付の方を振り返ると,斜め上に音のする筈のないデジタル時計があった。

 彼はそのままビルを出ると,向かいに建っていたビルの2階の喫茶店に入って外がよく見える窓際の席に腰を下ろした。
 午前11時10分。昼食を取る客はまだ少ない。

──さてと,のんびり見物といきますか──

 彼は日中から頼んだビールを一口すすった。
午前11時20分。テーブルに瓶を戻すとき,由尋がくれたバッジに当たってこつんという音を立てた。

 

 11時30分。あと30分。
 少しずつ店に客が入り始める。
 ざわつく店内の中で,彼は春の陽気に誘われぼんやりとして窓の向こうにあるビルに目をやっていた。

 何の変哲もない晴れた日。
 たわいもないことで大笑いしている客。
 手慣れた手つきでテーブルを片づける店員。

 

 ふと気づいて店内に掛けられた時計を見ると,11時50分を過ぎていた。
 夢から醒めたように,彼は気を取り直してビルを見つめた。
 何の変化もないビルを見据え,そのときが来るのを待った。

 ビルの前を沢山の人間が歩いている。
 サラリーマン,オフィス勤めの女性たち,休み中の学生,子供たち。

 その中で見覚えのある人影が,遠くの方からビルの方面に向かって歩いてくるのが見えた。
 彼の視界に飛び込んできたのは,雪奈の姿だった。

 ビルの画像が目に焼きつくほどに見ていた窓から目を離し,時計を見る。
 あと3分。
 このままいくと3分後に彼女は,このビルの真正面を通過するだろう。

 彼は自分の席に正面を向いて座り直した。
 横目にビルが見える。
 人波が見える。
 彼女の姿は確認できないほどの距離なのに,彼の心の中にはっきりと映し出されている。

 彼は席を立った。

 そして──混雑した店内を凄い早さで駆け抜けて出ていった。

 そのとき既に2分前を切っていた。

 夢中で階段を駆け降り,ビルを飛び出て,道路を突っ切って自動ドアに突進した。

 彼はバッジの付いた上着を脱ぎ捨て,絵の前に駆け込み,おもむろに両手で額の下枠に手をかけた。
 しっかり固定されていたにもかかわらず,彼は額を壁から剥ぎ取り,両側から警備員が飛びかかってくるのにも構わずあの日由尋が取りつけていた小さな装置を力ずくでもぎ取った。

 その瞬間,彼の全身を高圧電流が突き抜けた。
 苦痛に満ちた叫び声を上げて,彼はその場に倒れた。

(終章()に続く)

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小説「アドニス・ブルー」
序章
第1章
第2章
第3章
第4章
終章

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